自由 の印象

自由だ。
じゆう はまるで真っ白の雪の上に足をズボリと一歩踏み入れるようだ。じゆう は じかん とあまり仲がよくないのだろうか。踏みつけられた雪はだんだんと固くなり、気を抜くとツルリと滑りそうで難義する。一体どうしてこんなことになったんだと真っ赤にした じかん が じゆう を責め立てる。

じゆう は じかん なしに存在しえないが、じかん には じゆう の存在を定義する絶対権はない。

常に じゆう であるためには 降りしきる雪の中で 更新され続けるキャンバスにズボズボと足で踏み続けたり踏み続けなかったりする必要がある。
そうすると こちら側の経験と あちら側の結果がだんだんとズレていく。裏糸は縫えているが表糸を見るとぱらりとほどけている服を着ている。

じゆう はだんだん苦しくなる。だんだん理路整然と整頓したくなる。自分と他人に自信を持って説明し、スッキリした気持ちで鼻をフンとならしたくなる。ヴーと獣のような唸りを響かせて、頭の中か奥かにある透き通った水面から、探していない探しものを探すように色んな何かが集まってくる。というか出てきてくださいとお願いし、しぶしぶ出てきてくれているかもしれない。
ようやく出てくれたそれを丁寧に外部へと反復し、数年後かいつか じかん が気まぐれに答えをくれることがある。
じゆう も気苦労が多い。

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