見出し画像

胎内記憶<記憶の回廊>―①『始まりの記憶』

この日までは一番古い記憶が3歳くらいの、ほかの誰とも変わらない普通の少年だった。
始まりは小学四年生、10歳の時の話だ。
僕はこの日、赤ちゃんの頃の記憶を思い出した。
それがきっかけで今では胎内記憶まで思い出せた。

そんな記憶の回廊をここに残せたらと思い、書き綴ってみる。



僕はこの日、テレビでアニメを見ていた。
お風呂で大の字になって湯船につかるシーンを見た。
何気ない一コマではあるが、僕も湯船で大の字になってみたいと思ってお風呂に入った。

わが家のお風呂はアニメとは違い、そんなに大きくなかった。
それでもなんとか大の字になって湯船に入れないか試行錯誤していた。

両足を壁にかけて、上半身だけ大の字になることができた。
まったくわけのわからない、小学生の考えるバカな行動だと今になって思う。


上半身だけ大の字になって、後頭部をお湯につけた時だった。
全身に<ゾワゾワーッ>と、寒気にも似た衝撃が走った。
何とも不思議な感覚だった。

でも変なことに、僕はこの感覚を知っていると思った。
こんなおかしな体勢で湯船につかったことは一度もない。
温泉でも、おばーちゃんの家でもしたことはない。

でも僕はこの後頭部につかるお湯の感覚を知っていた。

何度もお風呂に後頭部をつけて思い出そうとした。
そして思い出した。

自分は誰かに抱えられている。
仰向けの状態で・・・・・。
首元とおしりのあたりを支えられている。
そのままゆっくりと下に降りていく感覚だ。
ゆっくりとおりた先に待っていたのは・・・・・。
後頭部にお湯が<ベッチャ>っとついた。

初めは何かわからなかった。
ただ、いつかの記憶だということはわかった。
それもかなり古い記憶だと・・・・・。

赤ちゃんの時の記憶かもしれないと思った。
でも正確にいつの記憶なのかはわからなかった。
今までで一番古い記憶だと思った。
今までで一番古い記憶を思い出せたことがうれしかった。
忘れてはいけないと思った。

それから興奮気味に何度も後頭部をお湯につけた。
せっかく思い出せた思い出を忘れないように。

赤ちゃんの頃の記憶―2 <沐浴>

まるで夢を見ているかのような感覚だった。
鮮明な夢だった。
夢は目が覚めた時は覚えているのに、しばらくすると忘れてしまう。
だからこの日見た夢のような記憶も、すぐに忘れてしまうと思っていた。

それからというもの、毎日のようにお風呂で後頭部をつけては夢のような記憶を思い出していた。
お風呂の外でも忘れないように思い出すようにしていた。

忘れるどころか、忘れてしまうと思っていた夢のような記憶が、より鮮明に思い出せるようになっていった。


僕はこの時期に思い出した記憶を『始まりの記憶』と呼んでいる。
なぜ『始まりの記憶』なのか。

ひとつは初めて思い出した記憶だからだ。
そしてもうひとつ理由がある。

後にわかるのだがこの『始まりの記憶』は生まれてから1週間前後の記憶の可能性が高い。
偶然思い出したこの記憶が、思いのほか古く、生後間もない頃の記憶だったために、最終的には胎内記憶までたどり着けたのだと思う。

つまり、この記憶を起点にすべての記憶がつながったといってもいいのだ。
そういう意味でこの記憶を『始まりの記憶』と呼んでいるのだ。


では、具体的に『始まりの記憶』とはどんなだったのか。
どれだけ思い出せたのかを紹介したい。

始まりの記憶

ゆっくりと下がっている感覚だ。
ゆっくりと仰向けの状態で空から深い谷に沈んでいくような—―――。

後頭部がお湯に触れた。
全身に<ぞわぞわっー>と、寒気のような不思議な感覚が全身に走った。

そのまま全身がお湯に沈んでいく。
すこし熱いくらいだ。

誰かがお湯を体にかけてくる。
すこし慣れない、優しい手つきだ。

体を支えている手が首元から頭に移動して、両耳をふさごうとしている。
少し届かないのかやりにくそうにしていることが伝わってくる。

右耳を抑えると、左耳に隙間ができる。
左耳を抑えると、右耳に隙間ができる。

あきらめたのか、その状態でお湯を頭にかけてきた。
隙間からお湯が耳に入ってきた。

不快なのと驚きで泣いた。

何度も耳をふさごうとがんばっているのが伝わってきた。
でも、できなかった。

別の誰かと交代したのがわかった。
ごっつい手の人だった。

その手は片手で両耳をがっちりとふさぐことができた。
体がしっかりと支えられてる気がした。

両耳をしっかりとふさいだままお湯をかけてきた。
隙間のない耳にお湯は入って来なかった。

安心感からか泣かなかった。
顔にお湯をかけてきた。

びっくりした。
おもいっきり泣いた。

この思い出の人は、手が小さいのが母で、大きいのが父で間違いないだろう。
父は母より慣れていない感じだった。
でもその手の大きさのせいなのかとても安心感があった。

これが10歳の時に初めて思い出した記憶だ。

赤ちゃんの頃の記憶―3 <沐浴>

この『始まりの記憶』は、たくさんの記憶の中で最古級の、父との思い出の話でもある。


つづく。

#創作大賞2024  #エッセイ部門

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!