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〈第36回國華賞〉平川信幸『琉球国王の肖像画「御後絵」とその展開』(令和六年二月、思文閣出版)

選評・朝賀浩


 本書は、近世以前に琉球で展開した肖像画に関して、特に第二尚氏歴代国王の肖像画である御後絵を中心に、そこから派生した士族や地方有力者の肖像画をも含めて、現時点で対象とし得る作品群全体について通覧し、東アジア各国の国王肖像画との比較、また琉球社会における外交や儀礼などの歴史的、文化的背景に照らし合わせることにより、琉球肖像画の特徴とその独自性を明らかにした研究である。不幸なことに御後絵のほとんどは太平洋戦争末期の沖縄戦の混乱のため所在不明となっており、かろうじて戦前に撮影された写真によって像様がうかがえるに過ぎず、そのためこの分野の総合的な研究は停滞してきたと言わざるを得ない。近年、それらの写真原版のデジタル化が行われ、作品細部の図様も確認することが可能となったが、本書ではその成果をも大いに活用している。
 本書は、冒頭、序章において、これまでの研究史を整理し、それらの課題を自らのものとしながら本書の構成を提示し、以下第一章から第八章まで個別のテーマで論を進め、末尾の終章において全体の総括を行う。第一章「御後絵の歴史と戦前の保管をめぐる経緯について」で、御後絵成立の歴史的経緯やその制作実態、戦前の調査・撮影と御後絵の保管状況、沖縄戦当時の具体状況を伝える証言などを確認する。特に戦時中の状況からは、御後絵が必ずしも焼失しておらず、米軍によって持ち去られたことを示唆し、それらが将来沖縄にもたらされる可能性に言及する。第二章「北東アジアにおける御後絵の図像的特徴」では、御後絵の画面を構成する各要素の図様の変化から明代の御後絵と清代のそれとに分類し、さらに北東アジア諸国の帝王像と比較し、それらとの共通点や琉球御後絵の特徴を確認する。続く第三章「御後絵の国王衣装の考察」、第四章「御後絵の家臣団について」、第五章「御後絵に描かれた家具および道具類について」において、御後絵を特徴づける図様の構成要素である国王衣装、家臣団、玉座を含めた家具および道具類の形式や表現について個別に分析を深めていく。中国との外交関係や琉球の国家儀礼の変容が御後絵の表現の変遷に反映していることを指摘するとともに、琉球独自の国王イメージを形成しようとする様子をうかがうことができるとする。第六章「『程順則画像』について」、第七章「『喜久村絜聡(片目地頭代)画像』について」、第八章「首里士族の肖像画の成立と展開」では、御後絵以外の琉球における士族や地方有力者の肖像画の現存作例を個別に分析し、琉球社会における肖像画の普及や展開及び琉球画壇の活動実態を見通そうと試みる。最後に終章として本書全体の総括とし、御後絵並びに士族等の肖像画が琉球という独特な社会のその歴史的変遷に呼応して史的に展開してきた様子を再確認し、琉球肖像画史の独自性を強調する。
 本書の構想の原点といえる研究は既に二〇〇一年の段階で発表されており(「御後絵とその形式について」、別府大学文学部芸術文化学会『芸術学論叢』一四)、本書各章の初出論文の発表年次をみると、当該テーマの全体像を見据えながら計画的に研究成果を蓄積させてきたことがうかがえる。そのため本書は研究書として非常に纏まった体裁となっており、今後この分野の研究を進展させる上で不可欠の一冊と言える。
 なお、本書筆者が示唆した通り、本書刊行直後の本年三月、米国で発見された御後絵数幅が沖縄県に返還されたというニュースがもたらされた。これにより今後は実作品を通じた研究が可能となることに期待する。

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