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危うく一生懸命働くところだった


以前クライアントさんに、ある言葉を投げかけていた。

「原因を自分の方に持ってくることができれば、人生がうまくいくよ」

そのクライアントさんは、今の職場で働くことがストレスの原因だと言っていた。
自分の好きなことを仕事にできると、幸せになれると言っていた。
もっと自分で稼げるようになれば、子どもたちにも自慢できる私でいられると言っていた。


このクライアントさんにとって、今の現実(そして私)をつくり出している「原因」は、自分の外側にあって、結果として現状働くことがストレスになっている自分になっていると考えていた。


ぼくもそうだったから、共感できるところがある。

もっと自分が楽しいとか、やりがいを持てる会社に入っていたら、起業したいとか思わなかったとか、他にすごい人がたくさんいるから、自分がやっても意味がないんじゃないかとか、家族がいるからチャレンジがなかなかできないとか。

「原因」をすべて、自分の外側に置いてしまっていた。


前向きに頑張るという意味でも、生活のためにとかサービス業だからとか、危うくぼくは「原因」を自分の外側のせいにして、一生懸命働くところだった。

でも本当は、今の現実をつくり出している原因は、自分自身だとしたらどうだろう?
ストレスになる職場を自分の仕事として現実につくり出しているのが、自分自身だったとしたら、どんなことに気がつけるだろう?

自分の内側が好きなことを仕事にできないことや、稼げていない現実をつくり出しているとすれば、向き合うべきことは変わってこないだろうか?


ぼくは「サービス業だから(原因)」長時間働くことも、残業することも当たり前だと思っていたし、苦手なお客さんとも、笑顔で接しなければならないと思い込んでいたし、一生懸命働かなければ生きていけないと思っていた。

でも本当は、そんなことなかった。


子どもの頃に家族のために、一生懸命働いている親を見ていた自分の内側が、今の現実をつくり出していたと捉えることができたときに、ぼくの中にあるメンタルブロック(原因)は解放されて、自由に自分のペースで仕事をしていく自分に、許可を出すことがはじめてできた。

暇なことがダメなことであるという思い込みも、外すことができたことで「暇です」ってことを、堂々と表現できるようになれた。


「もし、今の現実をつくり出している原因が自分の内側にあるとすれば、本当に向き合わなければならない自分の課題は何なのか?」

「原因」を自分の外側にではなく、自分の内側に持ってくることができれば、自分次第でいくらでも外側の現実(結果)は、変えていくことができるようになると思いませんか?

そう。人生はいかに"自分次第"に持ち込めるかが勝負なのです。


自分の外側の環境や結果次第で人生が変わるのであれば、ぼくたちは自分の人生であったとしてもどうしようもないことになりますが、原因が自分の内側にあって、自分次第で外側の現実は、いくらでも変えていけようになれば、いくらでも自分の力で人生をより良い方向に変えていける方法があるということです。

そして、この外側に起こる出来事の「原因」を自分の内側に持ってくるためには、自分の捉え方を変えていく必要があり、捉え方を変えていくためには、自分への問いを変える必要があるのです。


でも人は、目の前に起こる出来事や現実に対して、自分に的確な問いを出すことはなかなかできません。
だからこそ、自分にとって客観的に正しい捉え方を示してくれるメンターのような存在を見つける意味は、とても大きいのです。

それは、自分の内側に対する問いを変えていくため、そして人生を"自分次第"にするためにというのが、本質なが気がします。
当時のぼくと同じ、危うく一生懸命働くところだった人へのメッセージとして。

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アウトプットディレクター/やながわこうき
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