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あなたの一歩が重い理由

Mr.Childrenというアーティストがいる。
誰しもが知っていて、超有名な曲をバンバン出している。

イイ曲ばかりの中で、私が一番好きなのは、
1998年発売の「終わりなき旅」という曲だ。

哀愁ただよう雰囲気、決して明るい曲調ではない中で、
励まされる歌詞がいくつもある。
苦しい時、悩んでいるときに、
立ち向かう気持ちを思い起こさせてくれる大好きな曲だ。

そんな「終わりなき旅」の歌詞の中で、
人考え方の誤りに気付かさせてくれ、特に大好きな部分がある。

その歌詞を取り上げ、本記事では語っていきたい。

「を」と「が」の違いが、重い

「終わりなき旅」に、以下のような歌詞がある。

「誰と話しても 誰かと過ごしても 寂しさは募るけど
どこかに自分『を』必要としている人がいる」

私は、この歌詞が、とても重く感じる。
前半の「誰と話しても 誰かと過ごしても 寂しさは募るけど」は、
生きる孤独や切なさを感じる部分。

問題は、後半だ。
そんな生きる孤独や切なさを感じているときに、
「自分『を』必要としている人がいる」
だから「頑張ろう」「立ち向かおう」という歌詞なのだ。
(「だから」以下は、私個人の解釈を簡単に書いてます)

「自分『が』必要としている人がいる」ではない。
「自分『を』必要としている人がいる」なのだ。

文章にすれば、一文字にすぎないけれど、
意味は全く異なる。

一歩が踏み出せない時に、よくある間違い

「自分『を』必要としている人がいる」と
「終わりなき旅」では歌われている。

しかし、現実では、逆に考えてしまう人、
逆に考える時が多いのではないだろうか。

そう、辛い時・悲しい時・悩んでいる時。
「誰かが自分のことを助けてくれないか」
「〇〇さえあれば、できるのに」と。
「自分『が』必要としているヒト/モノ/コト」が欲しいと、
だいたい考えてしまう。

「終わりなき旅」は、そんな考え方の間違いに気付かさせてくれる。

人生が落ち込んでいるときこそ、本当に必要なのは、
「自分『を』必要としてくれる人」なのだ。

人間は、助けられる時より助ける時の方が、何倍も力が出る。

緊張・重圧を防ぐのに効果があるのは、深呼吸や準備を頑張るのではない。
緊張している周囲に声をかけ、笑顔で接して
「他者の」緊張や重圧を取り除こうとすること、と言われている。

震災があった地域の避難所では、
ご飯をもらいに来た人より、ご飯を作っている人の方が明るい。
どちらも被災者なのに。ご飯を作る人の方が疲れているはずなのに、だ。

マンガや映画で、普通なら怖くてしょうがない崖から飛び降りるのは、
一緒にいる誰かを守る時だ。

「自分『が』必要としている」ことを求めると、人は弱くなる。
結果、今の悩みから、なかなか抜け出せない。
「自分『を』必要としている」ことを求め、働きかけると人は強くなる。
結果、今の状況から抜け出すことができる。

悩んだ時・疲れた時ほど、自分が誰かの役に立つこと、貢献できることを考えたほうが、結果として自分を救うことになるのだ。

まとめ

『他者に貢献して、自分を救う』

肝に銘じよう。

かしこ。

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