自動白山羊ラブレターシステム
いきなりだが、君のことが好きだ。
こうも煩わしい台詞はついぞ聞いたことがないように思う。私にとって恋心なるものは下心なるものとほとんど同義であった。他者に送られる愛情という名の欲情に扇情されてこうも人は理性的でなくなるものか。これが近代を引きずっている人間とは思えない、いや、むしろオートメーションという意味で非常に近代的だと言って差し支えないのかもしれない。
あなたのことは嫌いではない。だが、こちらの戸惑いだって考慮していただきたいものだ。いくばくかの未来予想図だって幼心に乗り込んでいるのである。私は確かに大人ではあるが、秘めた幼児性だってあるのだ。むしろその鬱陶しい幼児性が時を憚らずにゅうっと顔を覗かせてしまうのではないかと日々怯えて暮らしているのだ。あなただってそうだろう、なのになぜその想像力がないのか。大人はどこかで子どもである自分を捨て去るのではない、管理するのだ。子どもである自分を管理できたものが初めて大人として認められるクソみたいな社会なのだ。できればその事実でさえも忘れられるのが大人だ。
私はもう大人なのだ。こっちはそんな子どもじみたコミュニケーションなんぞもうとっくに卒業しているのだ。大体悪いことばかりじゃないか、こっちが子どもを覗かせて、ひたむきな好意を向ければ、よくて無視、悪ければ搾取だ。どちらにせよ自分を構成している要素のどこか一部を卑下することでなんとか立っていることができるのだ。何よあんなヒゲ野郎、ただのアンニュイになりたがり、やりたがりだ、あーあ、ブスでよかった、あいつにとっての。そうして自分の価値を相対化することで、自分らしさという毒壺に落っこちる。自分らしさ競争。ていねいな暮らしの中で無理してオーガニックに生きる私。
屈託のない笑顔はペリペリと古い角質のようにめくられて、その素敵なコミュニティーに少なくとも私の残り香として機能してくれるのだ。こうしてカオナシの私はブクブクと沈殿する。屈託のない笑顔だけが、ペラペラではあるがみんなにとっての私として卒業アルバムの隅っこに居残ることができた。やったー。これで私も誰かの記憶にお邪魔することができたぞー。
こうしてすするは春雨スープではなく、カップヌードルシーフード味である。人生はこうしてなんとかそれなりの論理をこねて、重心ブレブレだろうが立って生き延びる以外に方法はないのだろう。勢い勇んで東京タワーを望んだ足取りはいつの間にやら魚の目と巻き爪に呪われるようになった。すまないね。私だって栄養素の満ち足りた生活がしたかったのさ、でもね、この社会は栄養素でさえ均等に配分することなんて出来ないんだよ。売れればいい。まだ顔のあった頃の私が目をキラキラさせながら喜んで分解していたあのオーガニックでサステナブルな食品たちに、私が食べられていたんだね。そうだったんだ。
それだのに、こんな私にまっすぐな幼心を向けてくんじゃないよ。殺すぞ。嘘だけど。
君がどんな風に市場経済の荒波に飲まれてきたのか、ゆっくり聞きたい。躊躇している時に足踏みしている時に中長期的視点が欠けているように、自分の大事なものがなんなのか、この世界はなぜこうも短針が分や秒を刻むように出来ているのか、なんてことを呪ったり、憂えたりする。きっと君も自分と同じように、たくさん迷ってたくさん傷ついてきたんだろうと思う。そうした話をいっぱいしよう。笑えるかどうかはわからない。これもまた市場原理に、巨人の見えざる手によって払いのけられた結果なのかもしれないよ。
きっと失敗するだろう。この先も、たくさんの悲しいと、たくさんの苦しいが待っていることだろうと思うよ。人は弱い。悲しいほどに。嘘をつけば、桶屋が儲かり、桶屋が儲かれば私は風呂に浸かって天井を眺めるホイコーロー。その天井へと立ち上がっていく湯気の波打つ線描絵画を何度あなたに届けたいと願っただろうか。私は君にコミュニケーションを図りたい。そうした醜い肉体的な欲望が、wi-fiのごとく顔を覗かせてはいまいかと、心配したほどだ。
身体は嘘つきだ。すぐに君じゃないものを求めるんだから。全く信用に値しないバカだね。きっとオーガニックでサステナブルでハッピーヘルシーなベリー無農薬なベジタブルをダンサブルに踊り食うことが治療になるんだ。それを教えておくれよ、どうして君が、ハッピーヘルシーベリー無農薬なベジタブルを華麗に踊って見せた君が、カップラーメンのシーフード味、しかもBIGサイズをすすれるまでになったのか。どうすれば、そんなに自由でいられるのか、教えておくれよ。
簡単じゃないよ。きっと臓器はキッチンハイターを入れられている気分だろうさ。臓器の気分を想像したら泣けてくるね、吐けてもくるね、オゥエ。サルトルの『嘔吐』は読んだ?私は読んでないよ。大学の友達が言ってただけ。ジョージ・オゥエルは?『1984』?『動物農場』?あれ吐くんだっけ?知らないよ。聞かないで。電話番号?080。1984。1984。1984。1984。1984。嘘じゃないよ。かけてみなよ。大丈夫、殺さないから。