Bloom Into You…

 社会の荒波へと漕ぎ出してからしばらく経った。金銭に余裕がある週末は独り良いレストランでランチを楽しむこともある。休日にコインランドリーなどに行くときは、昨日のままの髭で整髪料さえつけずに行くのだが、相応の場所に行くときは、会社に行くとき同様(若しくはそれ以上)に身だしなみを整える。

 この前も、いつものように窓辺の席に座り、ランチの選択を悩んでいると、エンジン音がやたらと大きい高級車が駐車場に到着した。駐車場には2台。私の給料1ヶ月で買った中古の軽自動車と、その車である。洗練された黒塗りの外車。そこから降り立つ人物が、一体どのような人なのだろうとワクワクしなからうかがっていたが、現れたのは小柄で不潔なおっさんであった。店内は広々としていたが、空席は後ろの4人掛けの席のみであった。そして、男はウェイトレスに案内されてやはり私の背後に座った。ウェイトレスが水のためにカウンターに戻り、男に水を運ぶ頃には、男はすでにメニューを決めていたらしく、簡潔に注文した。私も丁度決まったため、カウンターに戻った同じウェイトレスに目配せして、注文をする。ひとしきりメニューを選んだ後に、ドリンクが後か先か念のために聞かれるが、後であるといつものように伝えた。

 しばらく待つとウェイトレスが料理を運んできた。
「冷製コーンスープです。」
背後の少し遠くから声が聞こえ、そのままの流れで、
「冷製コーンスープです。」
と私の席にも料理が置かれた。私はスープを縦に掬い、静かに口に運んだ。滑らかなコーンとクリームがポン酢のジュレで引き立てられている。背後から一口ずつ音を立てて啜る音が聞こえたが、私は押し黙っていた。老いたものに新しい習慣を教えても変わることなどない。

 スープを飲み干すと、次の料理が運ばれてきた。驚くべきことに、後ろの男と同じタイミングでの提供であった。そして、その料理も、彼は私と同じものを注文していた。シーザーサラダ、ランチのハンバーグ。私が静かに咀嚼するのに対し、彼はクチャクチャと音を立てて食べ進めた。

 そうして食事を終えた後は、下膳されて、食後のコーヒーが運ばれてきた。やはり男と私の順にそれは用意されていた。男はコーヒーを一気に飲み干してゲップをして手早く会計を済ませて帰っていった。

 私も実は男と同じくらいのタイミングでコーヒーを飲み終えていたが、コーヒーをおかわりして男が去って行くのを見送った。コーヒーは一杯目はすぐに飲めるのだが、二杯目は中々体が受け付けない。私もいずれ全ての行動に頓着しない彼のようになるのだろうか。男は私だったのかもしれない。


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