西洋美術における1886年

西洋美術において1886年というのは極めて重要な年であると考えられる。この年は言うまでもなく第8回印象派展、すなわち最後の印象派展が開催された年であるが、この印象派展はその名にも関わらず印象派とは正反対の2つの潮流によって特徴づけられる。一つはスーラやシニャックといった新印象派であり、もう一つがゴーギャンやルドンの象徴主義である。スーラやシニャックといった新印象派の画家たちは点描画法という技法を使って、補色など考えて科学的に細かな点描を画面に並べていく。これは移りゆく大気や光の一瞬を感覚的に捉えようとし、細部よりも全体を重んじた印象派とは正反対である。他方、象徴主義はというと、目に見えないもの、現実の背後にあるもの、精神的なもの、ルドンの言葉を借りるならば「魂の神秘の世界」を描こうとする。これは目に見えるものを、そして目に見えるものだけを描こうとした写実主義の一派である印象派とはやはり正反対である。このように、1886年の第八回印象派展は印象派とは正反対の2つの潮流が中心だったのである、しかしながら1886年が西洋美術において重要な理由はそれだけではない。この年にはゴッホがオランダからパリに出てくるのである。それまでは「馬鈴薯を食べる人々」に代表されるような暗い作風の絵を描いていたゴッホはパリに出てくると急に作風が明るくなり、点描画法を試したりもしている。また、象徴主義のゴーギャンは1886年に初めてブルターニュを訪れており、ブルターニュ訪問は後にゴーギャンのクロワソニスム(明確な太い輪郭線と平面な色彩によって特徴づけられる)や綜合主義へとつながっていく。さらに、この年には文学の世界で、モレアスという象徴主義の作家が「象徴主義宣言」を出している。このように、1886年というのは印象派から印象派以後の世界への転換点として決定的に重要な年なのである。とりわけ私のような印象派以後の絵画を好む者にとって1886年の重要性はいくら強調してもしすぎることはないのである。

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