
焔の末裔:第1部
灰の中の出会い
灰色の空が果てしなく広がる荒廃した世界。その風景は、かつてこの地が豊かな緑と命で満ちていたことを想像することすら許さないほどの無情さだった。風は冷たく、砂が舞う中、ひとつの影がゆっくりと歩を進めていた。
その影は人のようでいて、どこか異形だった。頭部は白骨化したドラゴンの頭蓋、身体は堅牢な黒い鎧に覆われている。彼—ライガは、かつてのドラゴンの末裔にして、最後の騎士だった。彼が握る剣は、竜の力を宿した神器。その刃からは青白い炎が微かに揺らめき、見る者に畏怖を与える。だがその力は、使い手にも代償を要求する呪われたものだった。
ライガは言葉少なに歩み続けていた。この世界で彼が出会うのは、ただ吹きすさぶ風と、荒野に転がる無数の残骸だけだった。かつて繁栄を誇った王国の遺跡。崩れた石碑には、古い文字が刻まれている。
"竜と人、共に生きる未来へ。"
その言葉が今となっては虚しい。
かつて、この世界にはドラゴンと人間が共存していた。竜は知恵を与え、力を貸し、人々はそれに応え豊かな文明を築き上げた。だが、人間の欲望は止まることを知らなかった。竜の力を手にしようと争いを始め、その結果、竜の種族は滅び去った。
ライガはその最後の生き残りだった。もっとも、彼は完全なドラゴンではない。ドラゴンの血を受け継ぎながらも人間の姿を持つ彼は、どちらの世界にも属することができなかった。竜を滅ぼした人間たちに忌み嫌われ、ドラゴンたちからも異端とされてきた。
その日、ライガは荒れ果てた村の跡地にたどり着いた。瓦礫と化した家々、廃れた井戸、そして静寂。そこに生きた者たちの痕跡は、風化した遺品だけが物語っていた。だが、彼の鋭い感覚は、その場に微かな気配を感じ取る。
「誰だ。」

低く、掠れた声で問いかける。すると、瓦礫の山の中から、女性が姿を現した。
彼女—アリシアは、年の頃は二十歳ほどの若い女性。白いローブをまとい、落ち着いた緑の瞳が印象的な女性だ。

「あなたがドラゴンの騎士なのですね。」
彼女の言葉にライガは眉一つ動かさなかった。剣に宿る青白い炎が、微かにその刃を包み込む。彼女が敵か味方か、それすら判断がつかない以上、気を抜くことはできない。
「そうだとしたらどうする。」
「ひとつ、お願いがございます。」
アリシアは一歩、ライガに近づく。その瞳には恐れよりも強い決意が宿っていた。
「私は『竜の心臓』を探しています。それがあれば、この世界を再び蘇らせることができるのです。どうか、その力をお貸しいただけませんか。」
その言葉に、ライガの目が細められる。竜の心臓—それは、この世界のどこかに眠るとされる伝説の遺物。竜のすべての力が封じ込められたその心臓を手にすることができれば、確かに世界を救うことができるかもしれない。
だが同時に、その力は世界を滅ぼす鍵にもなりうる。
「なぜ、俺がそんなことに力を貸すと思う。」
ライガの声には、どこか冷たさが混じっていた。それでも、アリシアは怯まなかった。
「あなたは、世界の最後の希望だからです。」
その言葉が、ライガの心に小さな火を灯したのか、それとも単なる気まぐれだったのか。彼は無言で剣を収め、彼女に背を向けた。
「好きにしろ。ただし、足手まといになるな。」
アリシアの顔に安堵の色が浮かぶ。そして、二人の奇妙な旅が始まった。
荒廃した大地を歩きながら、ライガは心の奥底で思う。果たして、この選択が正しいのか、それとも再び世界を破滅へ導くのか。その答えを知るのは、まだ先のことだった。