誰かのふりをする! イアン・マキューアン 『甘美なる作戦』
イアン・マキューアンの『甘美なる作戦』を読みました。
イアン・マキューアンは、1948年生まれのイギリス人小説家です。非常に完成度の高い作品ばかりを発表する作家なのですが、今回紹介する『甘美なる作戦』 は、その中でも小説技巧が駆使された見事な作品です。
マキューアンについては以前にも書いたので興味のある方はそちらも是非!→イアン・マキューアン『恋するアダム』
文学好きの女性セリーナが諜報機関(MI5)に就職し、反共文化工作として小説家の元に潜入するのですが、その小説家とイイ感じになってしまい。。。というのが大まかな粗筋のスパイ小説の振りをした恋愛小説です。
この作品はハッピーエンドなのですが、僕が今まで読んできた中でも上位に入る素敵な終わり方です。ハッピーエンドの作品は読後、いまいち心に残らない事が多いのですが、この作品には大きなトリックがあり、それがこの小説のテーマにもなっております。
作家というのは、私小説でない限り登場人物の心の中を想像して文章を書くことになると思います。誰かの心の中をに潜入する(スパイする)ということは、小説は全てスパイ小説であり、作家は皆スパイであるとマキューアンは言っております。この作品は、その点を非常に上手く活用した作品になります。
この小説は基本的に、主人公(セリーナという女性スパイ)の視点から語られます。そして終盤には、スパイしている側がスパイされていたという展開になり、語られている物語は、主人公の心の中をスパイし彼女のふりをした別の誰かが書いたという事が判明します。(ネタバレになるのでこの辺りでやめておきます。)
作曲をするという行為はスパイになり得るのかな?と考えてのですが、演奏されることを想定した楽曲を作曲する時には、奏者の気持ちになって楽譜を書くことを心がけています。学生の頃は、奏者から「演奏者泣かせだよ。。。」ということを言われたこともあったのですが、最近ではそういうことも随分と減りました。そういう意味では、良いスパイになったと思います。
2020年に『PLAT HOME』というタイトルのモノオペラ(歌い手が一人のオペラ)を作曲しました。シーンが5つあり、1〜4まではそれぞれ違った人物、最後のシーン5では、それまでに登場した人物の内の二人を同時に演じるという構成になっております。
日本初演の演出では、歌い手は舞台から一度もはけることなく最後まで進行するため、観客は役が切り替わることを示す着替えや場面転換を目撃することになります。それは、私たちは誰かのふりをすることによって限りなくその人の心の中に近づける一方、決して完全には他者になり切ることはできないということを表しています。
誰かの心の中に潜入し(スパイし)その人になり切るという点で、今回紹介した『甘美なる作戦』 と非常に似た点があるように思うのですが、皆さまどうでしょう?良ければご覧ください!
OPERA《PLAT HOME》
作曲:高橋宏治
原題:《Amidst dust and fractured voices》
世界初演:2020年9月6日(ベルギー MIRY Concertzaal)
日本初演:2021年7月28日(杉並公会堂)
作曲年:2020年3月
【日本初演】演出:植村真
<スタッフ・キャスト>
【作曲】高橋 宏治
【演出】植村 真
【脚本】Stefan Aleksić Yannick Verweij
【美術】岡 ともみ
【ソプラノ】薬師寺 典子
【指揮】浦部 雪
【フルート】山本 英
【クラリネット】笹岡 航太
【ヴァイオリン】松岡 麻衣子
【ヴィオラ】甲斐 史子
【チェロ】山澤 慧
【打楽器】牧野美沙
【世界初演】演出:Yannick Verweij