ひびきノート 2 追いかけっこ
「今日は浜には行かないのね」
裏道に入ると彼女はスマホで自撮りながらそう聞いてきた。
「うん。もうすぐ日も落ちるだろうし」
「そうなんだ」
「行きたいわけ?」
「ううん。行くようなかっこうもしてきてないじゃない。だからもしも行くと言われたらどうしようかと思って」
そして少しの間を置いて付け加えるように彼女は続けた。
「とにかく気まぐれな人だから」
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えっと。それはかなり自覚してる。大学2年で写真の学校にふらっと通い始め大学をやめた。なのに専門学校もなんとなく卒業までいる意味がないような気がして、1年で中退した。それで何をやっているのかといえばこうして辻堂にワンルームを借りて仕事にもならない海の写真や彼女の写真を撮っているわけで、こんなやつによく付き合ってくれる女の子がいたものだ。
「適当なあなたと付き合ってるんだから私《あたし》も適当ってことなのかな」
「なんだ動画撮ってるのかよ」
「適当なんだろうな私も」
「インスタに上げる動画?」
「適当ってことなんだきっと」
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彼女とはよく会話が会話として成立しないことがある。彼女のほうからわざと会話を噛み合わせないのだ。僕がなんとか噛み合わせようとすると彼女はよけいに面白がってまったく関係ない別の話を始めたりする。そうやっていつも追いかけっこをしているみたいなのだ彼女と僕は。
そして日が傾き始める。ついさっきまでどんよりしたブルーグレイの空が色づいてくる。
「空の色がきれいになってきたな」
「ほんと」
彼女はそのままとまって空を見上げた。後ろ姿を撮りたくなって背後にまわってシャッターを切った。
model:響波
camera:FUJIFILM X-E4 15-45mmF3.5-5.6 OIS PZ Tokina atx-m 56mm F1.4 X