海には住所がある
子どもの頃は夏休みになると平塚の親戚のおじさん宅に泊まって、自動車メーカー勤務のおじさんに湘南中をドライブに連れて行ってもらった。辻堂に彼女ができたときは二年ほどアパートを借りて写真を撮った。そうやって私にも人並みに馴染み深い場所や土地がいくつかはこの世に存在する。
あの頃WSF(ウインドサーフィン)が流行っていて、彼女がフジカHD-Sという防水のカメラをセイルクロスで作られたワッツのバッグに入れて撮影に使っていたのを覚えている。フジカには純正で真っ赤なフローティングバッグがあったのでそれを勧めると「おしゃれじゃないでしょう」と、笑っていた。中には釣具屋さんで売っている釣り用クーラーにカメラを入れている仲間もいたけれど、そんな仲間をみやる彼女の目線はやや冷ややかだった。
彼女が好きなのは隣の茅ヶ崎で、ショアブレイクが大きいのがいいとかパシフィックホテル前の海面は烏帽子岩のせいでうねりがおとなしいから出艇しやすいとか、私にとっては直接関係のない話を彼女から聞くことがあの頃の毎日であって、ついでに人生のすべてであって、そしてそれがたまらなく楽しくて、彼女といる時間だけが私を生かしてくれていた。
ところでWSFの撮影はビーチショットとウォーターショットがあって、ビーチショットは望遠レンズがないと小さくしか撮れないから彼女は本格的な一眼レフをいつも欲しがっていた。でもそれを買った頃に些細なケンカがもとでお別れしてしまったから、私は彼女が一眼レフで写真を撮っているところを一度も見ていない。構え方も撮り方も教えたというのに。
model:鎌田ありさ
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