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都バス06系統四ノ橋下車8
着替えを済ませ、チャリンコに乗ろうとしたとき、エミーが階段を2段とばしの勢いで降りてきた。
「もう。リッキー最初のあたしの質問に何も答えてないじゃん。女の子を無視してそのまま帰るつもりだったの」予想外の展開。どうすればいいの男の子としては。女経験ビギナーの自転車男としては。
エミーは、かまわず俺と並んで夜の六本木を歩き出した。スクールでは気にならなかったエミーの汗の匂いがミョーに気になった。こんなシチュエーションホントに初めて。
俺がエミネムが良いというと、あんなねじくれた自分勝手な奴なんてとエミーが答える。くるりが最高というエミーに、「アンテナ」なんてつまらないアルバムだぞ、と俺が反論すると。ミョーに喜びだして、だからジムノペディが好きと訳の分からないことを言い出す。俺だってサティぐらいは聞いたことはあるさ。
「じゃあコダーイとかプーランクなんかは」
「エッ、コダーイなんて知ってるの。高校生のくせにナマイキー」
「エミーだって高校生だろ」
「高校生だけど大人」
「俺は?」
「高校生なのに子ども。ンッ?高校生だから子どもかな」
PM11:00の六本木ヒルズには、まだまだ大勢の人が歩いていた。俺たちはアーティストチェア?とでも呼べばいいのだろうか、どこかひねくれたデザインのベンチでいろんなことを話し合った。現代音楽みたいな会話を女の子としているなんて、1時間前には考えられなかったことだ。
「エミーの家ってどこなの」
答えの替わりに彼女が指さした先には、できそこないのビールマグに似た高層ビルがそびえていた。金持ちジャン。
「ひょっとして良いとこの子?」
「親が金持ちなだけ」
「十分じゃん、家なんか貧乏が最大の悩みだよ」
ハーフで美人で、運動神経がよくって、金持ち。フツーならやな女だ。でもちっともイヤな奴じゃない。なんだろうねいったい。エミーの高校は都内でも有名なお嬢様学校。広尾の聖フランシス女学館って聞いたことがあるだろう。大会社の社長令嬢やらノブレスオブリージュたらいうボクたちとは違う世界の女の子たちが通う学校だ。でも、そんなことでビビル?んなわけがない。なにしろ一個上とはいえ彼女は弟子だからね。
そうだ、ボクが高一って言ったときにエミーったら、どうしたと思う。思いっきり笑ってこう言われた。
「ひょっとして小学生の頃、オヤジィーって呼ばれてたりして。その手の顔は。笑える。」だって。
この新しい友人(まずはお友達から始めよう)とのつき合いは新しいリズムを生み出してくれた。とはいっても男同士のつき合いが無くなったわけじゃない。よく言うじゃん。ちょうど楽しい年頃って。この言葉って当たってるね。エミーのカポエイラは、本格的な夏を迎える頃には、めちゃくちゃレベルアップした。身体能力の高さというか可動域の広さ、柔軟性、リズム、パワーにしても、20kgのダンベルデッドリフトを連続15回っていうんだからね。まったくそんじょそこらの男子大生の平均を軽くオーバーしてるよ。まっ、この上達ぶりには、彼女の専属インストラクターの力も大きいんだけどさ。
ボクの友達にもすんなり受け入れられた。二人でいるときも、みんなと遊んでいるときも今までにないくらい楽しかった。
今まで女の子には縁のなかったケイシー君としては上出来。
二人で西郷山公園から代官山へ歩く途中で、州次さんを見かけたのは、この15年間の人生で一番楽しい夏の真っ最中。旧山手通をふらつく足と必死な表情で渡っていく男。最初に気づいたのはエミーだ。
「何あれ?」地面には不揃いな間隔で記された赤いドットプリント。誰が見たって異常なのはわかる。普段なら絶対に関わりたくない。でも特徴のある顎に見覚えがあった。
「州次さん!」
「知ってる人?」
エミーへの返事も忘れて駆けだした。車の流れが邪魔をする。ボクが通りを渡り終えたタイミングで州次さんが教会の角を曲がるのが見えた。
「なんとか追いつけた」ホッとした瞬間、背後から怒声が襲いかかった。