徹夜明けにアイスクリーム 1
15年前に途中まで書いた小説もどきが見つかったので公開してみます。舞台は2005年前後の恵比寿で、表現も古めかしい感じですが基本、当時のままの掲載となりますので、「アレ?違うな」とか「こんな店は恵比寿にはない」という疑問はスルーしてください。
以下本編となります。
人間と街の関係はいつだってデリケートだ。何年暮らしてもなじまない場所もあれば、そうじゃないケースもある。
友情と一緒でね。
渋谷区恵比寿、下町っぽさと先走った感覚が入り交じったこの街が、俺のステージだ。
スポンサー様との寄り合いを切り抜け、酒の勢いを借りてエイヤッと企画書を仕上げた徹夜明けのナチュラルハイな気分。筑紫楼のフカヒレそばを昼食に張り込んだ帰り路。通りの向こうを歩くホームレスの姿が妙に印象に残った。
10数年前からここらあたりでも見かけるようになった彼らの中にもパターン化できない様々な人間模様がある。
姿勢を崩さず、歩きながらさりげなく自販機のお釣りを手探りしていく老女。すでにビジネスとして確立しているようにも見える古雑誌販売のスタッフ。駅頭で高々とビッグイシューを掲げ、無言で業務を行う販売員。春の陽当たりと横になるスペースを求めて小さな公園の中を移動する男。ボランティアの提供する“炊き出し”を求めてひたすら都内を放浪する人々。みんな何かしら生きるためのビジネスに熱心だ。
だが、その男には単純に分類できない違和感があった。周囲に気兼ねするでもなく、自己主張を繰り返すわけでもない。少なくとも、俺は颯爽としているホームレスなんて存在に会うのは初めてだ。
多分、長いキャビンフィーバーに遭遇することもなく冬を乗り越え、4月の陽気に出会えた歓びと、徹夜明けのハイな気分、フカヒレそばの満足がそうさせていたのだろう。気が付いた時には、彼の後をトレースしていた。
どうせ、後。蒸留酒も企画書も、少し寝かせた方が熟成した味わいになるというもんだ。
勝手な、その場しのぎの理屈だけどね。
駅前の雑踏から駒沢通りを越え、槍が崎方面へ。彼の前に人混みが道を空けていく。KFCからでてきたOLも、吉野屋テイクアウト組の気合いが入りすぎているバンタン新入生も、不思議そうな目で彼を見送っている。
サラリーマンの多くが目を潜める中で、これは意外な収穫だ。
素直な好奇心と一方的な排他心とでは、大違いだ。
ファーストフードばかり喰っている若い者には情緒的な側面が不足しがちだという意見もあるが、どうやらこのケースについては別みたい。肯定も否定もするわけではないが。どこか独特の感度を持っているらしい。まるで 移動式タッチストーンみたいなホームレスさんだ。
ちょっとうれしくなりかけたとき。「クッリさぁ~ん」耳元で明るくどこか間延びした声がした。
「何やってるんですかぁ、さっきからぁ何かぁ楽しそうにしてぇ」
里井だ。同じ恵比寿界隈のデザイン事務所に勤めるデザイナーで俺の飲み友だち。
「ア・レ・」俺は顎で、件のホームレスを示した。「あっ格好いい!お友だちかなんかですか。」こいつはやっぱり特殊な感覚をしている。ある意味、職業の選択に過ちは無かったようだ。
「気になるだろ」
「うんっ。ていうか、なんか雰囲気あるよね。ひょうひょうとしてるっていうか」もっともなご意見だ。但し、この女に飄々という漢字が書けるかどうかは、また別の問題。
「なんかキリストみたい」
「会ったことあるのか」
「一昨年のクリスマス」
「ホント」
「イブに会って、でも年が明けたらケータイも連絡がつかなくなって」
そういうことか。「で、いくら貸してたの?」
「84,000円。ボーナスが入った後だったし・・・」
まったくずいぶんと張り込んだものだ。こいつの男運の悪さには同情させられる。まぁ本人に問題があるというのはわかってるんだが・・・。
救いはあっけらかんとしたその性格だな。
「で、殿。あのターゲットをテゴメの鳥にしようというお心づもりで?」
「それはカゴの鳥」
「あっそうそうあのウスターソースとかケチャップとか」
こいつも決して嫌いじゃないタイプだな。
「それはカゴメ」
「あっわかった。ア〜レ〜 クルクル〜」
「あたしは悪代官じゃないっちゅうに」
俺たちが、路上漫才を演じている間にホームレスさんは、シェリュイの角を曲がった。どうやら目的地は、恵比寿公園。
公園デビューの幼児連れ主婦や遊び疲れた学生、遊び慣れてない学生、営業の合間に人生の問題を呻吟しているサラリーマンetc。それぞれは思い思いにくつろいでいるいつもの昼下がり。
ただひとつ異質な風景を探すとすれば、ロケット型の滑り台の下にいる3人の男の姿だ。ナローショルダー、センターフックベントのスーツに今どき珍しいシルクのニットタイ、足下は、ご丁寧にウイングチップ!。まるで、大昔のMEN’S CLUBから抜け出してきたようなコーディネートはある意味「シブイ」と表現しても差し支えない。
ホームレスはまっすぐ彼らの方へ歩いていった。真ん中の男、とりあえず俺の趣味でこの男を三波と名付けよう。40歳以上で東京風のお笑い好きならわかるね。右が伊東で左が戸塚だ。ホームレスと三波が話している。
いや、話すというよりホームレスが詰問し、三波が何かを取り繕おうとしているようにも見えた。「なんか、やばそうじゃないすか。」里井のセリフはこれから起こるなにかに期待しているようにも聞こえた。
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