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【ソーシャルメディア X】 タイムラインの裏にあるもの EU Digital Services Actを巡る攻防
1 X タイムラインにおける情報の表示
お馴染みのソーシャルメディアX、多数の人々との意見交換や交流の場として日常的に活用している方も多いことだろう。今回はXの投稿や広告の表示を巡る、EUとXの間の攻防について取り上げてみたい。Xのタイムラインには、様々なユーザの投稿や広告等の情報が自動的に表示されるが、一体どのようなロジックでその情報がその順序で表示されるのか筆者は常々疑問に思っていた。これについては主に海外で、一定の意図に基づく操作の懸念も指摘されており、現在、この数年間継続中のEU規制違反の疑いに基づく欧州委員会による調査対象にもなっている。
2 EU Digital Services Act
ここにいう「規制」とは、EUの規則(Regulation、欧州委員会が策定する法律で、EU加盟国に直接適用される)であるDigital Services Act(「DSA」)である。DSAはEUにおいて、オンラインサービスの発展に伴いオンライン上の違法で有害な活動や偽情報等によるリスクに対応するため欧州委員会が策定、所定の手続を経て2022年11月に効力発生したもので、デジタル世界の急速な変化に対応し、違法コンテンツの拡散からデジタル空間を保護し、ユーザの基本的権利の保護を図るとともに、安全でオープンなデジタルスペースを形成することを目的とする。DSAの適用対象は、概要、EU域内に拠点を有するか、EU域内に所在するサービス受領者に対しサービス提供する事業者で、通信ネットワークによる情報伝送や情報送信目的で一時的に情報を保管する等のサービスを提供する事業者やオンラインプラットフォーム事業者である。このうち先行して2023年8月よりDSA規制が課されてきたのが、同年4月に欧州委員会により指定されたXやFacebookを含む17の大規模プラットフォーム(Very Larch Online Platforms(「VLOP」))と、Google searchを含む2つの大規模サーチエンジン(Very Large Online Search Engines(「VLOSE」))である。これら以外の適用対象にもDSAが全面適用されたのはその後の2024年2月だが、こうした適用時期の前倒しに加え、VLOP及びVLOSEについてはDSA上の追加義務が課せられ、かつ、欧州委員会が直接、独占的にこれらの監督・執行を担う(DSAに基づく監督・執行の専門機関として設置されたDigital Services Coordinatorsの権限は及ばない)など特に重視されている。
3 欧州委員会によるXに対するアクション
2023年8月、Xに対してDSA適用が開始されるや、同年10月には早速、欧州委員会はXに対し、テロや暴力、ヘイトスピーチなど違法なコンテンツや偽情報拡散等のDSA違反の疑いで、DSAに基づく情報提供の要求を行った。さらに同年12月、欧州委員会はXに対し、ハマスのイスラエルに対する攻撃に関する違法コンテンツの拡散の懸念に基づきDSA違反で、最終的に違反の認定をも結果しうる正式手続を開始(なお、これはDSAにおける初事例となった)。翌年の2024年3月には欧州委員会はさらに、生成AIによる偽情報やディープフェイクの拡散のリスクや投票行動をミスリードしうる自動的な情報操作のリスク等を伴う生成AIによるリスク軽減策に関する情報等の提供要求を行った。さらにその2ヶ月後の5月には、Xに投稿された情報のモニタリング業務を行うXの人員の20%の削減がなされたことに関連し、欧州委員会はXに対しモニタリング業務に関する内部書面などの情報提供要求を行った。そして同年7月には、欧州委員会はXに対し防御の機会があることの留保付きで、ダークパターン、オンライン広告の透明性等に関してDSA違反があるとの暫定的な見解を通知した。ほぼ2ヶ月ごとのアクションのスピード感は止まらず、今年、2025年1月、欧州委員会はさらに、Xに「レコメンダーシステム」についてDSA違反の疑いがあるとして、これに関するアルゴリズムの機能やその最近の変更に関する情報の提供等を同年2月15日までに行うよう要求した。この情報提供要求は上記2023年12月の正式手続のスコープ内に位置づけられており、DSA違反が認定されれば前会計年度の全世界売上高の6%を上限とした罰金が課される可能性もある。この「レコメンダーシステム」は、DSA上、概要、インターフェスにおいてユーザに対し特定の情報を表示したり、その順序を決定したりする全部又は一部自動的なシステムを意味するものと定義され(DSA3条(s))、Xのインターフェースのように情報が自動的に流れてくるようなしくみについてはこれに該当しうると考えられる。
このようなアクションの背景には、Xのオーナーであり、ドイツ国内でテスラ工場を運営するなどの事業を手掛けるイーロン・マスク氏の政治的言動があるとも言われる。マスク氏は近年その台頭によりドイツを悩ませ、同国情報機関により潜在的過激派政党に認定されている極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」(「AfD」)への支持を独紙上やXへの投稿により繰り返し表明し、同国内で波紋を呼んでいる。さらに、「ドイツ・ファースト」を主張するAfDは、EUによる大半の内燃機関車の2035年以降の実質新車販売禁止の決定がドイツの自動車産業を破壊していると非難するなど、EUのような「官僚機構」に否定的であり、2025年2月23日のドイツ総選挙を控えドイツのEUからの離脱にまで言及している。
実際にXのアルゴリズムなどを駆使して世論や人々の投票行動を操作することが可能なのかは定かではないものの、米国においてはこの点の分析を行ったものが公表されている。例えばワシントン・ポストは2024年10月、2023年6月から2024年10月の期間において、Xにおいて民主党の上院・下院議員の投稿の閲覧数が、共和党の上院・下院議員の投稿のものより少なく、また、最も大きなフォロワー数の伸びを見せた20のアカウントのうち17が、共和党の議員のものであったこと等を内容とする分析を公表しており、インターフェース上の情報表示に関して何らかの操作の試みが行われた潜在的な可能性を示唆していると受け取れる。もっとも、Xはこうした、アメリカ下院議員ジェロルド・ナドラーにより「プラットフォームによる検閲」と称される疑惑の原因に関する質問には回答していない。
レコメンダーシステムに関するDSA上の適用対象者の義務としては、Terms & Conditionsにおいてわかりやすい言語で、当該機能において主に使用されるパラメータや、ユーザーにおいてかかるパラメータを調整するオプションを記載することや、情報がユーザに提示されるに際して最大の決定条件、パラメータの重要性に関する理由を含む、ユーザに対しなぜ当該情報が示されるのかということについての説明を記載することが含まれる(DSA27条)。パラメータをこうしたフォーマットによりわかりやすい言語で正確に説明することが可能なのか、またそれを外部から詳細に判断しうるかについては定かではなく、欧州委員会の目下の関心は、XのDSA上の義務違反の有無の追求ももちろんあろうが、まずはXの情報表示におけるアルゴリズム自体を把握することにあるようにも見えなくもない。
一連の欧州委員会のXに対するアクションは、ソーシャルメディアを舞台とする、米国トランプ政権下で政府効率化省トップに就任するなど政治的パワーを持つマスク氏に対する、ドイツの主権やEUというグローバル化のためのシステムの維持を巡るEUの戦いとも言えるだろう。このようなソーシャルメディアを舞台としたグローバルなパワーをめぐるダイナミズムは、最近の日本国内におけるテレビ局のようなオールドメディアとソーシャルメディアの間の対立とはあらゆる意味においてかなり異なるようだ。