「大人の楽しい魔物狩り……狩られ」第2話

「えーと……星野さん……?」

「……ちょ、ちょっと演出リアルすぎっしょ……」

 前方のグループから、ぽつりぽつりと戸惑い交じりの声が上がる。
 だが、その後、誰も言葉が続かない。

 沈黙が流れ、このまま時が止まってしまうのではないかと錯覚してしまう程であった。

 だが、その錯覚はすぐに終わる。
 次の瞬間には、カエルの舌が次から次に飛び交い、その舌の数と同じ数のプレイヤーが捕えられ捕食されていく。

「うわぁああああ!!」
「何だよ! このカエル! いくらバーチャルだからって、きも過ぎるんだよ!」
「俺達は虫か!? 冗談じゃねえよ!」
「きゃぁああああ! やめて! やめてよぉ……!」

 舌に捕えられカエルの口に運ばれるまでの飛翔。
 カエルの口内での抵抗。
 それがすぐ先の自分に降りかかる恐怖。
 周囲は一瞬にして、阿鼻叫喚に陥っていた。

「待て! みんな! 冷静になれ、ゲームだよ!」

 日比谷部長の声が聞こえてくる。

 だが、状況には些細な変化も起こらない。

 俺達、中央付近にいる人間からすると、壁となっていた前方の陣形は、瞬く間にまばらになり、隙間が生じ始める。

 その隙間を縫うように、陸上選手のような美しいフォームの走行でカエルマンが迫る。
 その一体から肉厚な舌が放出される。

「あ……え……?」

 状況を呑み込めていないような真顔で驚きの声を上げたのは、白川さんだった。
 白川さんのほっそりとした腰回りを柔軟な桃色の筋肉の塊が包み込む。

「グギャァアアアア」

 と、クレイジーな悲鳴を上げる。

 もちろんそれは白川さんの声ではない。
 俺のブレイドにより舌を斬り落とされたカエルマンの絶叫だ。

「あ、ありがとうございます……」

 白川さんが俺にお礼を言ってくれる。

「いえいえ、とんでもない」

 白川さんは、泣き顔というよりは未だ状況を呑み込めていないのか真顔に近い表情だ。

 俺は、舌の発信源であるカエルマンに向かって、そのままダッシュで接近し、ブレイドで一刀両断する。

 カエルマンはカエル部分と人間部分に分かれても少しの間、じたばたとしていたが、間もなく動かなくなった。

 それとほぼ同時に、空間に表示されていた0/100という分数が1/100に変わる。

「平吉、来るぞ!」

 友沢の声が聞こえる。

「おっと……」

 別の方向から来た舌をシールドで防ぐ。

 舌は弾かれ、目的の重みを得ることができず、物足りなそうに主であるカエルマンの元へ戻っていく。

 舌の速度は、アクションゲーマーからすれば、不意を突かれなければ十分に間に合う速度であった。

「なんとかなる……! チュートリアルにしては少々、過激ですけどね」

「はは、一匹倒したくらいで調子乗んな!」

 友沢に釘を刺される。ひとまず一匹倒したとはいえ、先程までのパニックでプレイヤー数と思われる数値は175にまで減っていた。

「みなさん、避けてください」

 突如、宇佐さんが無表情で回避を促す発言を呟く。

「えっ?」

「ぶっぱしまーす……!」

 急に凛とした表情になったかと思えば、物騒なことを宣言する。というか、宇佐さんの周りにはすでに、ふよふよとした光球が漂い始めている。

「ううう宇佐さん! 気がはや……わわわわ、脇に逃げろぉお!!」

 激しい彩度の高い光と電子音のような独特な音が連続的に発生する。

 味方はギリギリ攻撃範囲から逃れられたようだ。

「どんどん行きますよー」

 宇佐さんの気の抜けた声と共にカエルマンの断末魔の輪唱が響き渡る。

「燃料切れです。少し休憩します」

 光が収まる。

 それと同時に、カエルマンから放出された光が宇佐さんに向かって集まっていく。

 ゲームには、よくある獲得演出だろう。何を獲得したのかは現時点では不明だが、経験値かアイテムなどだろうか。俺が最初にカエルマンを倒した時には発生しなかったので、運要素もあるのだろうか。

 空間に表示された分数を確認すると11/100になっている。

 宇佐さんは、今のレーザーだけで、一気に十体を狩ったようだ。

 討伐にまでは至っていないが、被弾して明らかに損傷しているカエルマンも何体かいる。

 せっかくなのでブレイドで追撃させてもらう。

 抵抗不能のカエルマン一体一体に俺は作業的にブレイドを入れていく。

 これで合計7体のカエルマンを倒した。

 運が悪いのか、またしても獲得演出は起こらなかったが、周辺のカエルマンはまばらになった。

 宇佐さんのおかげか、部署の皆も少し冷静になり、それぞれがカエルマンと交戦を始めた。

 しかし、カエルマンは減ったら増えますとでもいうように進行方向の向こう側から美しいスプリントフォームで走ってきて、断続的に湧いてくる。

 こちらもそれに対抗しているため、敵勢力の増減はプラスマイナスゼロといった具合だ。

「宇佐さんって、もしかしてゲーマーですか?」

 少し余力が出てきたので、ここ一時間でかなり印象が変わった……というか急激に親近感が沸いてきた宇佐さんに話しかけてみる。

「え? えぇ、実はかなりゲーマーです。というか、プライベートはゲームしかしていないレベルです」

「あはは、そうなんですね」

 ロケット退社はゲームのためだったということか。

「えーっと、誰かと一緒にプレイしてるんですか?」

「……基本、ソロプレイですね。もちろんオンラインでは共闘しますが」

「え? そうなんですか?」

 幸い、宇佐さんは普通に答えてくれた。
 だが、意外な回答に無意識に右手の薬指に目が行ってしまう。
 宇佐さんは右手薬指に指輪をしているのだ。

「……これのことですか?」

 宇佐さんが自身の右手のリングをちらっと見る。

「あ、うん……まぁ、そうですね」

「これはその……あれです…… 護身用というか……」

 宇佐さんは、なぜか少々、口ごもっている。

「あ、もしかして男避け?」

「……それです……ゲームをする時間を確保するためには、生きるために最低限必要なこと以外はしたくないんです」

「なるほどです……」

 宇佐さんが、ここまで徹底しているとは想像していなかった。

「そういう平吉さんも、もしかしてゲーマーですか」

「え? あぁ……えぇ、ほどほどですが……」

「……そうですか? かなり立ち回りが手慣れているように思えますが……とりあえずスキルのインターバル? ……のせいで、しばらく私、ポンコツっぽいので……守ってください」

「了解です」

 シールドのおかげで壁の役目は果たせそうだ。

「ついでに私もお願いします……」

 先程から俺の後ろに陣取る白川さんが便乗する。

「が、頑張ります!」

 女性二人に頼られるなんて、ここに来るまでは考えられなかったなと、少々、複雑な心境になる。

「おりゃっ! くたばれ!」

 友沢がジャンプ斬りで、カエルマンの頭部を破壊しているのが目に入ってくる。

「調子よさそうだな、友沢」

「あぁ! 最初は正直、ビビったが、なかなか爽快じゃねえの!」

 友沢は、こちらを見ずにニヤリ顔で答える。

「はは……確かに。そういえば、友沢はゲームとかやるのか?」

「平吉ほどじゃねえが、カリュード2をソロで全クリくらいは学生の頃にやってたよ」

「おー、あのゲームか! 俺もやってたぞ!」

「平吉、頼りにしてるぞ!」

「……おぅ」

 友沢はわりと調子のいい奴ではあるが、悪い気持ちではなかった。

 カエルマンの断末魔、そして運悪く捕食されてしまうプレイヤーの絶叫でフィールドが静寂することはなかった。

 しかし、カエルマンの行動パターンは多くなかった。

 一つ目は、舌による捕食行動。
 二つ目は、接近してからの巨大な口による直接の捕食行動。
 いずれもシールドで、正面から受けることで防御可能。

 警戒すべきは囲まれること。
 そうならないためにカエルマンを一体ずつ見るのではなく、集団として見る。

 この立ち回りを意識しながら、カエルマンを焦らずに一体ずつブレイドで処理していく。

 幸い、耐久力は脆く、一回か二回、斬りつけることで絶命する。

 ブレイドは切れ味鋭く、非常に爽快だ。

 カエルマンを倒すたびに討伐数と思われる数値がカウントアップしていく。成果が単純な数値として現れる。

 もっともっと数を積み重ねたい。そんな欲求が自身を支配していく。

「何か平吉……いつになくいい顔してんな」

 友沢から指摘を受ける。

「え……!?」

「ニヤニヤじゃねえか…… そんなに楽しいか?」

「あぁ……楽しい……かもな」

「はは、狂人かお前は……」

 友沢が呆れるように言う。

「だが、確かにこの状況は楽しんだもん勝ちかもな……!」

 ◇

 最初のカエルマン討伐から三十分くらいであろうか。討伐数と思われる数値も気が付けば、99/100まで来ていた。

「あと一体だな……!」

 友沢が興奮と、やや安堵したような表情で言う。

 タイミングよく、ゲロゲロと風体に似合わない可愛らしい鳴き声をあげながら、カエルマンが接近して来たので、左下から掬い上げるように右上方向にブレイドで合わせる。

 斜め気味に上下で両断されたカエルマンは僅かに、もがいた後、絶命した。

「やったな! 平吉!」

「あぁ……!」

 クリア条件である100/100を達成する。

「って、おい…… それ……なんだ……?」

 達成感に酔いしれるのも束の間、友沢が明らかに動揺した声を発する。

「え……?」

 友沢の目線の先には、俺が今しがた倒したカエルマンの死骸があった。

 だが、その断面、内部からが、はみ出ている。

 体を小さく畳む様にして収納されていたそれが遮るものを失くした腹からぬるりと出てきて、仰向けに投げ出される。

 ぐちょぐちょに溶解されつつも残る女性物の衣服、そして、それが誰なのか辛うじて判別できてしまうくらいに残された顔面を直視してしまう。

「ほ……星野……さん……?」

 友沢がその女性の名前を口にする。しかし、あらぬ方向を向く眼球が動くことはない。

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