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のび太の恋 (Sad pure love) 4日目

【登場人物】

功二(こうじ) :主人公。子供の時のあだ名は「のび太」。
優希菜(ゆきな): 憧れの女性。クラスのマドンナ。


4日目(日曜日)


 昨日までの晴れやかな天気が嘘のような一日。 どんよりとした雲が、お昼からずっと僕を包み込んでいた。 
 揺れるブランコに滑り台。 僕は彼女と過ごしたあの時間を思い出すかのように、グランドの隅にある、背の低い鉄棒に腰掛けている。 
ここは僕と彼女が通った小学校である。 今日は1日、太陽を見ることが出来なかった。 腕時計に目を遣ると、針は夕方の6時を示している。 子供達が家に帰る時間帯である。 

 小学校の運動会で、僕と彼女がイスを並べて座った場所を思い出して見る。 実は10年前の今日が、僕にとっては思い出の運動会の日だった。 グランドに目を遣ると、すぐにあの時の映像が鮮明に蘇って来る。 そう、彼女がそっと僕のイスを自分の方に引いている映像が・・・ 


 優希菜は夜の8時に家に帰ってきた。

 今日は朝から大学のサークル仲間とドライブに行っていた。 あいにくの天気で景色こそは楽しめなかったが、友達とのおしゃべりを存分に楽しんで過ごした。 帰りに寄ったファミレスで食べたビーフシチューで、お腹は膨らんでいる。 思わず、カバンを投げ出すと、服を着たままベッドに横たわった。 「Fu-」と大きなため息が漏れる。 

 結局、昨日功二くんから貰った手紙は、まだ封を切らずに机の上にある。 読まなくても、書いてあることは解る。 「ずっと好きでした」「お付き合いして下さい」だろう。 でも、今の私は彼の気持ちに対する回答を持っていない。 だから、呼んでも同じだと思っていた。 だけど本当は、彼の気持ちが重すぎて、怖くてしかたがなかった。

 私はベッドの上に足を投げ出したまま、身体を横に向けた。 私の目の前には部屋の白い壁が、私に語りかけるように拡がっている。 その壁に、中学生の頃の私が映し出されてくる。

「彼は私のためにずっと努力してきた」と言っていた。 確か、高校受験で彼が私と同じ高校に合格したとき、クラス中が大騒ぎになったことがあった。 普段、クラスでも目立たない彼が、教室の前に立たされて、クラスの仲間に冷やかされていた。 彼には悪いが、成績は私のほうが上だった。 だからと言って、私も毎日遅くまで勉強して、一生懸命努力したから高校受験にも合格することが出来たのだ。 あの頃はとても辛かったことを覚えている。 でも、彼は私の何倍も努力したと言うの? 私の何倍も辛い時間を過ごしたと言うの? それもすべて、私と同じ高校に行きかったからだと言うの? 
 
「やっぱり失礼だから、読むだけはしなくては」
ふと、思い立った。
私はベッドから起き上がり、机に向かいあった。 どこにでも有るような、白の封筒が、彼らしい誠実さを感じた。


こんにちは、優希菜さん。
   
先日、僕は優希菜さんに自分の意思を伝えました。
でも、どうしても上手に伝えられないので、手紙を書きました。
 
僕が『のび太』のニックネームの話をしたことを覚えていますか?
優希菜さんは、『のび太』と友達に呼ばれて、嫌だったでしょうと言って
くれました。
だけど僕は否定しました。 僕は『のび太』になりたかったからです。
僕の性格はのんびり屋で気も弱く、運動も苦手でした。 
だけど、『のび太』はこの世界で一番努力する人間だったから。 
絶対に夢をあきらめない人だったからです。 
 
ある日、朝起きると、『ドラえもん』は電池が切れて動かなくなっていました。『ドラえもん』のような猫型ロボットは、耳に予備電源が内蔵されて
いるが、『ドラえもん』にはそれがありませんでした。 その為、電池を交換すると『ドラえもん』との思い出が全て消えることが解りました。

そこで、『のび太』は、ドラえもんの修理をあきらめ、いつの日か自分の
手で『ドラえもん』を直してあげることを誓いました。
ダメ人間だった『のび太』は努力を重ね、アメリカの工科大学を卒業して帰国。 あこがれの静香ちゃんとも結婚をしました。
そんなある日、奥さんの静香ちゃんを自宅の研究室に呼びました。
最先端の技術を身につけた『のび太』によって、修理された『ドラえ
もん』に、いよいよスイッチを入れるときが来ました。 
少し静寂の後、『のび太』と『ドラえもん』の長い長い空白の時間が繋がり
ました。 『のび太くん、宿題は済んだのかい?』って、話したからです。
 
僕は『のび太』と呼ばれることに、誇りを持っています。
誰かの為に、失いたくないものの為に、自分のすべてをかける。
そんな生き方が出来ればいいなあと思います。
 
優希菜さんと出会ったのは小学校5年生の時でした。
そのクラスには『のび太』がいました。
優希菜さんはいつも輝いていました。 
僕がのんびり屋で気が弱くても、優希菜さんを好きなことには間違いありません。
この10年間、僕はずっと努力をしてきました。
でも、僕が高校や大学に入学できたのは、優希菜さんがいたからこそです。
優希菜さんを驚かせてしまったことは謝ります。
でも、僕は『のび太』だから、これからもずっと優希菜さんのことを思って
生きていきます。
ただ、これだけは解ってください。優希菜さんに迷惑を掛けることは致しませんから。
 
明日の日曜日会えないでしょうか。
友達と約束があると言われていましたね。 
勝手なことを言っているのは解っています。 恥ずかしくて言えないけれど
明日の日曜日は、僕にとっては思い出の日なのです。
僕と優希菜さんが通った、あの小学校の校庭で朝からお待ちしております。
ずっと、ずっと待っています。 これまでも待っていたのだから。
 
                              功二

手紙を読み終えた。 
人をここまで好きになれるのだろうか? 功二さんの気持ちが、嬉しくてたまらなかった。 
部屋の時計に目を遣る。 針は夜の9時を指している。
「まだ、待っているのだろうか? そんなはずは無いだろう」 
私は、手紙を折りたたんで机の中にしまった。 明日、大学であった時に、待たせてしまったことを謝ろうと思う。 私はベッドに舞い戻ると、乱暴に横になった。 

「昨日、手紙を読んでいたら、私は今日会いに行ったのだろうか?」
頭の中で自問自答を繰り返す。
「きっと、会いに行っただろうと思う」 
「どうして、昨日私は手紙を読まなかったのだろう」 私こそのんびり屋で気の弱い人間であった。 功二くんの気持ちに答える勇気が無くて逃げていただけだと思う。

もう一度、時計を見ると針は9時5分を指している。
「誰かの為に、失いたくないものの為に、自分のすべてをかける、そんな生き方が出来たらいいなあ」と功二くんは言っている。
10年間、私のことを思い続けてきたと言ってくれた。
その時、私は気付いた。
10年間も思い続けた彼が、今日1日を待ち続けることなど、きっとなんでもないはず。
きっと、彼はまだ待っている。

私は心に決めると、家を飛び出した。 私の家から、小学校まではそれほど遠くは無い。
きっと、まだ待ってくれている。 私は夢中で走っていた。 
家の通りを左に曲がる、あの先に見える大きな交差点を右に回れば、もう小学校は目の前だ。 「私をずっと見つめてくれた人が・・・」「私をずっと待ち続けてくれた人が・・・」
あの交差点の向こうにいる。 子どもの頃だったら、必ず信号機の有る交差点を利用していたが、私の気持ちが焦っていた。 私は信号機の少し手前で、道を横切ろうとした。
 
「キキキー」
 
車の急ブレーキが、夜の静まり返った住宅街に鳴り響いた。 

(10年後に続く)


#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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