のび太の恋 (Sad pure love) 10年後
【登場人物】
功二(こうじ) :主人公。子供の時のあだ名は「のび太」。
優希菜(ゆきな): 憧れの女性。クラスのマドンナ。
10年後
白い塗り壁の部屋。
1人の女性がベッドの上で眠っている。
いや、眠っているのではない。 なぜならば、その眼は大きく見開かれている。 ただ、反応が無い。 今から10年前、交通事故で左脳と側頭葉を強打した彼女は、一命は取り留めたものの、そのショックで脳が萎縮してしまい、すべての感情が消え去ってしまった。
言葉を失い、記憶を失い、楽しかった大学生活を失ってしまった。 そんな彼女に寄り添い、母親が優しく身体を拭いてあげている。 10年間、繰り返されてきた母と娘の行為であった。 この部屋で、この母と娘の時間は10年間止まったままであった。
担当の看護婦さんが母親に話しかける。
「お嬢さんの様子はいかがですか」 看護婦も様態が変わらないことは解っているが、これが10年間続いてきた挨拶だから仕方が無い。
だから、母親も看護婦さんの問いかけに答えることはもうしない。
「お母さん。 今日からお嬢さんを担当する先生が変わりますね」
「あ、そうですか?」
この10年間で担当の先生が何人代わっただろうか? 全く期待の無い返事が返ってくる。
「先日、アメリカの有名な病院で勉強された、有名な先生なのですよ。 それにまだ独身なの」 看護婦さんが、嬉しそうに説明する。
「・・・」 お母さんの反応は何も無い。
「失礼します」
「あ、ちょうど新しく担当される先生が来られました」
「どうぞよろしくお願いいたします。 今日から優希菜さんを担当させていただきます。必ず、私が直してあげます。 私が一生かかっても」
私はやっとここまで来ることが出来た。 あれから10年が経っていた。
あの時、小学校のグランドで聞いた車のブレーキ音。 今でもはっきりと僕の耳に残っている。
僕はずっとずっと泣き続けていた。 君が会いにきてくれた嬉しさと、君を不幸にしてしまった悲しさが、僕にずっと襲いかかってきていた。 だけど、優希菜さんを救ってあげられるのは、僕しかいないと心に誓った。
あれから僕は大学を辞めて、2年掛けて医学部に再入学した。
医学部に入学後、死に物狂いで僕は勉強をつづけた。
アメリカの病院でインターンとして学ぶ機会も得た。
そう、いつも君が僕を成長させてくれた。
だから、「僕が治してあげる」って約束するよ。 いつの日か必ず。
「誰かの為に、失いたくないものの為に自分のすべてをかける。
そんな生き方が出来たらいいなあ」
<終わり>
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