キミと出逢うまで ②
帰り道。
どきどきが止まらなかった。
あれがスクールアイドル、なんだと思う。
街中で突然歌い出す女子高生は、私の知る限りスクールアイドルしかいない。
ホームルームで印象的だったクラスメイトの女の子。
多分中国の留学生さんに勧誘されて、スクールアイドルを始めたんだと思う。
「とべるさよっしゃ……とべるさよっしゃ……」
言葉を覚えたばかりのように、繰り返しながら、小走りで帰った。
凄かった。
何かよくわからないけど、凄いものを見たってことだけはわかる。
あのよっしゃ……じゃない。
……あの子の名前、なんだっけ。
こういう時に自己紹介で他人の名前を覚えられない自分が腹立たしい。
……ひとまず、よっしゃちゃん。
それとも前髪ちゃん、かな。
そんな風に考えている自分がなんだか可笑しくて、ふふっと声が漏れる。
さっきまで半べそだったのに。
と、そこまで考えてふと思う。
「泣くの止めてもらうの、二回目だ……」
家に帰ると、遅くなったことを家族に説明するのに、友達と寄り道をしたと嘘をついた。普段だったら絶対に嘘だとわかるはずなのに、なぜだか私の表情を見たら、深くは訊いてこなかった。
私、どんな顔をしてたんだろう。
次の日。
『ういーっす! よっしゃちゃん! 昨日の歌すっごく良かったよっ!』
……なんて話しかけることは当然無理なので。
いそいそと自分の席につく。
タイミングを見計らってよっしゃちゃんに話しかけに行こう。
あ、朝一に話しかけるのはちょっと迷惑かもしれないので、次の休み時間にしよう。
うん、そうしよう。
それから休み時間の度に言い訳が浮かんでは10分が経過するの繰り返しだった。
本当、私ってダメダメな子……。
精々できるのは、特徴的なカタコトの声が響くのに聞き耳を立てるくらい。
……どうやら、スクールアイドル活動が邪魔されているらしい。
大丈夫なのかな。
『スクールアイドル頑張って』
それだけを心の中で反芻して、気づけば放課後になっていた。
「あっ……」
俯いていたら、クラスにもう人はいない。
また、今日も変わらない日々……。
でもでも!
収穫はあった。よっしゃちゃんの名前は、澁谷かのんさん。
今日のところは大収穫。
だって名前もわかったんだもん。
同じクラスにいるんだし、明日もまた会える。
同じクラス……そう思って、ちくりと胸が痛む。
休み時間の度に、あの子の周りには誰かしらが話しに来ていた。
そんな光景があったから。ずっと、私は席から動けずにいたんだ。
……同じクラスにいるはずなのに、キミはなんでこんなに遠いんだろう。
ううん、多分私が。
勝手に遠ざかってる、だけ。
「そんなの、わかってる……」
……帰ろう。
そう思ったけど、直前の二人の会話が気になって。
二人はスクールアイドル活動について抗議にいくらしい。
何ができるわけじゃないけど。何となく学校にいたくなった。
しんと静まった教室で、彼女の席を見やる。
ずっとこのままなのも、気が引けたので、図書室に足を伸ばしてみることにする。
小中学と、私は図書室で大人しく過ごすことが多かったから。
落ち着かない時にはあそこがいい。
職員室で先生に場所を聞くと、鍵も一緒に渡された。
「新設校だからまだ図書委員もいないの」、そんな言葉も添えられて。
図書室は、新設校とは思えないほどに年季の入った雰囲気のある図書室だった。
そういえばこの学校、昔は神宮音楽学校って学校だったんだっけ。
「わぁ……!」
そのおかげか、蔵書の種類は新設校と思えないほどに豊富で、思わず声が漏れる。
小学校でお気に入りだった本!
『なぜまるい?』まである!
知ってる? 世界は丸で溢れてるんだよ!?
丸は世界の基本! 世界最大の謎! 全ての始まり!
はあ〜やっぱり丸はいいなあ〜
そもそも丸っていうのは……
〜間〜
キーンコーンカーンコーン
気づいた時には、下校時間の鐘が鳴っていた。
読み耽ってしまった……。
結局あの二人は、大丈夫だったろうか。
明日。
明日、きっと聞こう。そう決めて本を閉じる。
今度こそ、帰ろう。
そう思った時。
「まだ誰かいるのですか?」
突然の声に心臓が飛び出しそうになる。
見回りの先生だろうか。
「ごめんなさい、帰るところ、で……?」
見回りの先生、じゃない。
扉を開けた声の主は、私と同じ生徒……ううん、同じではないかもしれない。
凛と佇む彼女の制服はーー白。
結ヶ丘女子高等学校、音楽科の生徒の証。
右腕の腕章と、大きなポニーテール。
差し色の青いリボンが印象的で。
そして、なによりもーー
とても綺麗な子だった。
つづく!◎
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