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母の余裕は最高の子育てに直結する
子どもとゆっくり関われる環境を整える事。
にこにこ子育てにおいて、余裕を作ることが実は一番重要なことなのだ。
母と私、容姿はあまり似ていない。
私は父似で弟は母似だ。
結婚してできた家族は、長男が私似で次男が夫似だ。
「顔が似ている方に愛着を覚えるんじゃない?」
と夫は言うが、私にとって自分の息子たちはそれぞれ違う魅力がある。
パンでいえばアンパンとメロンパンのようで比べようがないのだ。
自分の大好きなミニカーを、悩んだすえ弟に差しだす優しさをもつ長男には尊さを感じ。
力では負けるのに長男を追いかけ回すたくましさと、2才にしてあざとい表情でバナナを要求するゴリラ。もとい次男にはギャップ萌で、すでにノックダウンなのだ。
自らの幼少期、母に「私より弟の方が好きなんでしょ!」という禁断の質問を投げかけたことがあった。
するとあっさり「そうだよ!!悪い?」と返ってきた。
「えーーーー、それ言っちゃうのーーー!!」
となんとも救いがたい気持ちになったことを覚えている。
私の母は年中仕事とワンオペ育児に疲れはてていた。
その状況でうるさい子どもを黙らせるため、ちょっとした悪意があったのかもしれない。
人の感情は一色ではない、常にマーブル模様に移り変わっていく。
体も心も極限状態の人に、いつもニコニコ優しいお母さんを強要するのは残酷である。
と、母になった今なら受け入れられる。
親子にも相性があって、同性という事も関係していたのだろう。
母にとって私と弟もアンパンとメロンパンで、その日はメロンパンの気分だったのかもしれない。
しかし。
当時のおさな心には深く傷つく言葉になった。
この言葉一つならまだ救われたかもしれない。
当時の母の言動には『弟優先』を感じさせる瞬間がいくつもあった。
親の思考は子どもにびんびん伝染する。
「私より弟の方が好き」という言葉は、積み重なったとどめの一撃パンチでもあった。
子どもは親の感情をよく観察する。
自分で決めていいと渡した選択しも、無意識に親の笑顔になる方を選ぶようになる。
だから親は片目をつぶって、どちらを選んでも大した事にはならないと親自身を納得させてがら子どもにゆだねなければならない。
大したことはない。。(それがなかなか難しいのが親心)
子どもの気持ちを尊重したいのならば、親自身も子どもの気持ちを受け入れなくてはならない。
表面的だけではなく。
その為には親自身に余裕がないと現実的に難しい。
子どもの気持ちに寄り添える体力的余裕。
子どもの主張を聞き入れる時間的余裕。
子どもに悪意を向けずに済む精神的余裕。
母に余裕がない
↓
子どもにイライラする
↓
イライラを子どもにぶつけて母自己嫌悪
↓
自己嫌悪におちいっている母は幸せに見えない
↓
母が幸せでないのは自分のせいだと子どもは思い込む
↓
子どもの自己肯定感爆下がり!!
母は自分自身を幸せにすること。楽しむこと。余裕をもつこと。
それが最高の子育てに直結する。
「私より弟の方が好き」と言い放ったその当時、私の母にももっと余裕があれば。
私の痛みを埋めるだけの時間を一緒に過ごせていたら、今とは違う私になっていたのかもしれない。