お散歩シリーズ第1話「蛇の道編 - 突き進む二人の影」
保坂耕司です。
保坂学と共に歩く東京の闇夜。
都内のあらゆる場所を切り裂く二人のお散歩はどこへ向かうのか。
保坂兄弟列伝が幕を開ける。
さまよう2つの影
保坂兄弟の弟の保坂耕司は突然「お散歩に行こうよ?」と兄の保坂学を誘った。今まで一緒にお散歩なんてした事がないし、遊びで出かける事もあまりなかったのだ。学は戸惑った。突然の耕司からのお散歩のお誘い。
何か裏があるのではないかと勘ぐる学。そんな想いはわかるわけもなく、耕司はお散歩の準備を進めている。
耕司は「兄貴、散歩行かないの?」と問いかける。
学は「ちょっと待って、どうしようかなぁ」と考えている。
耕司は動きやすい服装に着替え準備万端だ。
一方学は何かこのお散歩には裏があるのではないかと考えを巡らせていた。
耕司は「行かないなら一人で行くからいいよ?」と言う。
学は「どうして突然散歩なんかに誘ったの?」とついに耕司の心境を聞いた。
耕司は言った「最近運動不足だし、学も家にいる事が多いから動いた方がいいかなと思っただけだけど。」と言った。
学は耕司の心が読めなかった。
変に「なぜ」を探ろうとしてしまい、さらに迷いが生じたのだ。
耕司と学の想いはすれ違い、心に影を落とした。
決心
保坂耕司はすでに準備を終えておりすぐにでも散歩へと行きたい様子だ。
しかし疑心暗鬼のように耕司の心のうちを読もうとして揺らぐ決心。
学は暗い過去の記憶を呼び起こしていた。
実は散歩中に転んで膝を擦り剥いた事があったのだ。
トラウマのようにその傷はいつしか心の傷へと変わっていた。
擦り剥いた膝が赤く血で染まっていた遠い記憶。耕司の誘った理由よりもその過去の傷口が迷わせている事に気がついた。
学はその時、膝をすりむき母親に泣きながら散歩中に転んだ傷口をみせた。母親は学の膝小僧の傷をみて「キズドライしよう!」と言い放つ。傷口にスプレーをふきかけていた。耕司もその場にいたはずだが、そんな昔の話を覚えているはずもない。
「プシューーーーッ!」学の膝にキズドライが吹きかけられる。
すると、傷口をキズドライが覆いかぶさり白くなった。
しばらく放置する。
そうするとキズドライで塞いだ傷口が時間の経過と共に白くふやけてきているではないか!!白くふやけた膝をみて学は泣き叫んだ。傷口がふやけるなんて!白くなるなんて!幼少期の学にとっては大きなトラウマとなっていた。
そんな過去を持つ学は散歩への抵抗があったのだが、いつまでも良い大人が散歩に行けない理由がそれでは格好もつかない。
学は決心した、過去の自分との決別の意味が大きかったが、一緒に散歩へ行こうと準備を始めた。
スタンドバイミー
耕司は学のそんな迷う姿をみて、いつもの兄貴とは違う。そう感じていた。
本人から何か言われた訳ではないし、その迷っている状態も長くはなかった。ほんの5分程度だろう。
しかしいつもの様子と明らかに違う彼の姿をみて保坂耕司は感じ取っていた。「学は一体どうしたのだろう?」不安とも言えるような想いが耕司の心をかき乱した。
学が今どんな心境かわからないし、もし何か悩みがあるなら打ち明けて欲しい。そう思っていた。
さすが兄弟というべきなのだろうか。
学の悩んでいる姿を耕司は感じ取っていたのだ。他の友達などがみてもわからない微妙な空気の変化。
耕司は学の力になりたいと考えていた。
そして学も耕司のお散歩への想いを感じ始めていた。
一緒にこのトラウマを乗り越えられる気がしていた。
世田谷ハウスを飛び出して
二人はお散歩への決意を固め、スニーカーを履いた。
学は緊張している様子だった。
耕司は学の力になりたいと思っていたし、純粋にお散歩へ行くのも楽しみだった。
深夜12時を回っていた。
東京の夜は暗闇を見つける方が難しい。
どこにいても街灯が照らしている。
街灯を過ぎる度に二人の影は伸びたり縮んだりしている。
学も普段移動する時にもちろん歩いている。
でも改まって散歩というワードがテンションを狂わせる。
普段通りに歩けば良いのにうまく歩けていない気がする。
耕司は感じ取っていた。
「兄貴!お散歩にとらわれるな!」と耕司は言った。
「耕司サンキュー」と学は言った。
学の足取りがさっきよりも軽快だ。信号を待っている間にみせたのは、見本のような綺麗な足踏みだ。耕司は学の足踏みに見惚れ信号が青に変わっているのに気づくのが一歩遅れた。
蛇の道
保坂耕司は以前から歩くのに最適で目星をつけていたお散歩コースがあったのだ。
それは目黒区から世田谷区にかけて伸びる「蛇崩川緑道」だった。
蛇は縁起が良くないようにも感じるが、そんなの関係ない。
世田谷ハウスから静かな通りに蛇崩川緑道が姿を表した。
目黒方面に向けて歩き出す。
なぜ蛇が崩れるという名がついているのだろうか。
ドラゴンボールを思い起こさせる。蛇の道。
緑が綺麗に立ち並び整頓された花壇のようだった。
作られた緑よりも自然にまかせて生える緑の方が美しい。
しかし二人はあざやかな花や木々に魅せられていたのも事実だった。この緑道を二人でいつまでも歩き続けたい。
耕司と学は同じ事を考えていた。