動物に備わる天然地磁気センサーの原理
前回、サケの超能力について触れました。
地磁気を感知して長い距離を迷わずに泳いでいるのではないか?という仮説を紹介しましたが、その原理についてはなかなか軽く流せない原理が働いています。
サケ以前に、鳥での同じ能力に関する研究が長いので、その歴史を簡単に振り返ってみます。
渡り鳥の航路と地磁気に相関があることに初めて気づいたのはアレクサンドル・フォン・ミッデンドルフという動物学者です。大体1850年ごろです。
ただ、当時は磁場が生物に影響を与えるというのは超常現象、つまりオカルト扱いされており、あまり注目されなかったようです。
そこから100年、20世紀半ばになって改めて鳥の地磁気感知能力に関心を持ったのがヘンリー・イーグリーという物理学者です。彼は鳥に磁石を付けることで巣に戻れなくなることを示し、他の研究グループからも追検証されて、やっと認知されます。
そうなると今度はそのメカニズムが焦点になってきます。
当初は鳥のくちばし辺りの神経細胞内に、(磁性を持つことで知られる)磁鉄鉱が見つかり、これこそがコンパスだ!と考えられていました。
ところが2012年に、これは磁気には反応しない単なるマクロファージ(異物を退治する免疫細胞)である、という従来の説を否定する発表がありました。
そして今有力になっているのが、目の中で光を受けとめる役割を持つ「クリプトクロム」と呼ばれるたんぱく質ないでの作用です。
こちらは過去にも部分的に触れたので参考までに載せておきます。
上記の投稿よりも、もう少しそのステップについて解像度を上げてみます。
そこでは驚くほど繊細で不可思議なリレーが繰り広げられていることが分かってきました。段階的に書いていきます。
1. ラジカルペアの形成
光吸収:クリプトクロムが光(特に青色光)を吸収すると、分子内でエネルギーが高まります。
電子の移動:そのエネルギーを受け取った電子が飛び出て、その空白の個所に別の分子から電子が供給されて分子間が結合されます。
ラジカルペアの生成:これにより、2つの分子がそれぞれ不対電子(ペアになっていない電子)と呼ばれる状態が形成され、これをラジカルペアと呼びます。
2. 電子スピンと量子コヒーレンス
電子スピン:電子(含む素粒子)は「スピン」という離散的な値を持っておりルールに従って原子核の周りに配置されます。
量子コヒーレンス:ラジカルペアと呼ばれる2つの電子スピンは量子的に結びついており、「重ね合わせ」という複数のスピン情報を同時に持ちます。(このイメージが直感に反しているので、量子力学のとっつきにくいところです)
3. 地磁気の影響
磁場との相互作用:ラジカルペアにある電子スピン状態はシーソーのような不安定状態にあり、外部からのわずかな磁場(地磁気)でも変化します。
反応経路の変化:上記変化に応じて、ラジカルペアが進む化学反応の経路が変わり、異なる信号分子が生成されます。
感覚情報としての伝達:生成された信号分子が神経系に伝達され、鳥はそれを感覚情報として認識します。
方向感覚の形成:結果として、鳥は地磁気で生成物が変化する信号分子の内容を通じて方角を知ることができます。
ちょっとわかりにくいかもしれないので、専門用語をそぎ落としてえいやで書き直すと・・・
「光エネルギーを浴びて分子間の電気量が超敏感状態になり、地磁気の変化で生成される物質が変わるため、その生成物比率から逆算して地磁気を検知することが出来る」
ということです。
この一連の流れで中核にある法則は、「量子力学」という、従来は非生物での物理分野でした。それが生物の中でも同じ現象が起こっていることがこの一連の研究で分かったわけです。
他にも生物の中に潜む量子力学はいくつか事例があるので、またどこかで紹介してみたいと思います。
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