
知られざるアニメーション「ツァイベイ・ツァイ」
海外でアニメーション教育を受けて、帰国後活躍している中国の第3世代の作家が増えている。ツァイベイ・ツァイもイギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで修士号を取得後、中国に戻り活動を続けている。私が教鞭をとっている東京藝術大学のアニメーション専攻でも中国からの留学生が年々増加している。
ツァイのプロフィールには以下の言葉がある。
「スクリーンで繰り広げられる錯覚に夢中になり、映像には身体があると信じている。フレームごとに描くことで隠れた体を捉えるのが得意。彼女の題材には、指紋のほこり、反射した鱗、ピクセルで描いた涙、形が変わる尻尾などがある。彼女の映画は常に身体の内で起きる葛藤と、身体の外の不安な環境を体験するよう観客を誘う。」
平面の作画を重ねることで、徐々に厚みを増し、3次元的な形が、動きの中で再現される。つまりアニメートすることで、映像上で生きた体を得る。上記のプロフィールは元は英文で、よくアニメーション制作者が口にする「Animationは、無機物にanima(魂や生命)を与えるものだ」とは、少し違っていて、animaではなく、bodyという単語を使っているのが特徴的だ。英語でbodyは「死体」の意味があり、それは映像上でも、仮の命を宿していないのかもしれない。ツァイは、そのbodyを作り出す儀式の魅力に取り憑かれ、映像上の触覚を強調するために、ざらついた質感の画材や、薄い金属の質感を好んで使用している。生命の有無に関わらず、映像上で実体を感じさせたいのだ。
また「薄いこと」がいくつかの作品に見られるテーマで、それは自分自身や女性の社会における存在の希薄さに対応している。
蔡采 贝 | Caibei Cai | ツァイベイ・ツァイ
1992年、中国広東省深圳市生まれ。2017年に江南大学で修士号、2018年にイギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートの実験アニメーションコースで修士号を取得。
中国杭州在住。
公式サイト | Vimeo | Instagram | Clumsy hands
銀の洞窟 | 银幕 | Sliver Cave
2022, 14:23, 中国
予告編↓
この作品は、日本では、新千歳空港国際アニメーション映画祭で短編部門審査員特別賞(Tocha)、イメージフォーラムフェスティバル2022で優秀賞を受賞している。
「洞窟に一歩足を踏み入れると、火の明かりで視界がゆらぐ。左から右へ、上から下へ。目の前のスクリーンも同じだ。ボーダーレスなトンネルであり、家畜化と欲望を提示する。」
薄いブリキにニードルや金属で、蛾や蚊、バルーンの動物、鍵などを描いたアニメーション。ここ数年で最も実験的な印象を受けた作品。考古学者のようにイメージを採掘し、ブリキの希薄な層に埋まっている存在の、小さな起伏に光を当てて、アニメーションによって実体を得ようとする試み。
音楽はzuho、音響はsuru、どちらも中国人のアーティスト。特にsuruによる音響設計が素晴らしい。suruは、私のゼミの学生・施聖雪の修了作品「裏切者」(2025)の音響と音楽も担当していて、初めてその力量を認識した。抽象的な音をイメージして創作できる音の作家は希少な存在だ。
「銀の洞窟」が、近日、日本で上映があるのでぜひご覧ください。私の新作「とても短い」(2024)も含まれているプログラムです。
総合開館30周年記念 恵比寿映像祭2025 Docs ―これはイメージです―
短編プログラム:「新千歳空港国際アニメーション映画祭セレクション:意識、或いは無意識のドキュメント」
東京都写真美術館
2025.02.04(火)18:00– | 02.09(日)18:00– | 02.16(日)11:00–
https://www.yebizo.com/jp/program/1685
半分眠ったまま | Half Asleep
2018, 5:15, イギリス
「一つの部屋、二つの半身、沈黙の関係。
薄い存在。幕のような、ゆらめいて、裏返って。」
人間の四肢が、蛾の羽根と同等に並べられ、たゆたう膜のように厚みはない。薄い存在は、裏と表に明確に分けれられる。薄い存在は、ツァイが、スクリーンの皮膜に追い求める、危うい存在の生き物で、それはスクリーンのこちら側と呼応している。
ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの修了制作。
切望 | Pining
2017, 2:15, イギリス
RCA在学中の作品。毛の触覚、鳥と人の足。得がたい感覚。この作品も「半分眠ったまま」と似た手足だけの人間が登場する。ハイヒールを履いているので女性のようだ。意図的に体と顔を描かない匿名な存在としての女性。タイトルのPining は「深く切望する気持ち」「恋い焦がれる気持ち」を意味する英語で、手足だけの女性は鳥の羽の触覚を求め、ねじれ、引き裂かれ、傷を残す。
細胞の遊園地 | 永夜球场 | Cells' Amusement Park
2016, 4:18, イギリス
細胞とサッカーとホッケー。バラバラになる身体。
血小板と白血球が水の周りで混ざり合う。感情を伴わず、未知の力によって血液は流れている。ネガティブな態度もポジティブな態度も持たず、黙々と体を支えている。細胞は瞬く間にその一生を終え、静かに死んでいく。細胞の世界のレイヤーと、身体レベルのレイヤーはお互いを意識することなく並行し、存在は不可分なのだが、細胞たちは身体より短い寿命で入れ替わっている。
部屋の時計が止まる | The clock in my room stops
2016, 1:34, イギリス
RCAのリズムマナリシス選択科目のために作った、不眠症についての小さな物語。
ウサギ | Hares
2016, 0:31, イギリス
RCAでのヴォイス演習のための作品。
“Tears and The Audience”展
ギャラリー cusp.hangzhou
中国、杭州、2024.03.09-05.12
昨年、ツァイベイ・ツァイの展示を中国で見ることができた。「銀の洞窟」の原画・素材を中心に、ブリキの折り畳みシリーズの展示。自作の大きな楽器の展示もあったが、調整中で音を聞くことはできなかった。自作楽器の試作品はInstagramで見れる。



