微笑みの国を巡る内憂 観光大国の復活は近いも、バンコク都知事選結果の示唆するものは?
タイでは、バンコクなどで6月1日から夜間活動がさらに緩和されました。マスクも緩和を模索中とされています。「パンデミックス」を「エンデミックス」にすべく、入国の全面緩和を模索中です。観光業は、自動車産業と並んで同国の名目GDPの10%を占める主要産業。経済学的にはサービス輸出ということになりますが、4月以降ようやく、復活がみえてきています。
思えば、昨年度は7月からプーケットサンドボックス(砂場)制度を導入。入国後のホテル隔離後、プーケットなどいくつかの島でそのままリゾートライフを楽しんでもらう制度で、隔離=リゾートの一石二鳥で、コロナ禍の中で、苦肉の策として打ち出されたものでした。その、厳しい状況を乗り越えて、ようやく、観光業に復活の兆し。無論、コロナ前は100万人に達していたロシア人観光客や、ゼロコロナ政策が断片的に続くアジアの大国からの観光客はまだ期待できず、欧米勢がしばし中心となりそうですが、日本人観光客がタイに押し掛けるのは時間の問題となるのではないでしょうか。
他方で、タイには内憂があります。同国では、民主主義と権威主義がかなり、錯綜しているのが実情です。
その中で、数的に優勢なのが、タクシン元首相を支持するタクシン派であり、政党としては「タイ貢献党」で、北部や東北部を支持基盤としています。これに対して、首都圏や南部では、伝統的なエスタブリッシュメント層を「民主党」が支持基盤として存在してきました。この対立が先鋭化し、2014年に軍によるクーデター(タイ貢献党は当時タクシン氏の実妹のインラック首相)の主導者となったのが元陸軍大将のプラユット首相です。
2019年3月に5年ぶりに選挙があり、ようやく閉鎖されていた議会は復活しましたが、比例代表枠を削られて大政党である「タイ貢献党」は議席縮小となったために、軍が立ち上げた「国民国家の力党」を中心に連立政権が発足し、プラユット首相は再度首相に選任されました。
当該選挙では、よりリベラルな政治を求める若者が支持した企業経営者(自動車部品大手サミット創業者の子息)のタナトーン氏が立ちあげた「新未来党」が大きく躍進しましたが、同党は、解党(解党令は憲法裁判所によるもの)させられています。そのため、この解党以降、若者の反政府活動が散発的に続くよういなっており、燻り続けています。
議員任期満了となる2023年までには、解散総選挙となりますが、次期選挙では比例代表枠が従前の状態に戻されますので、大政党が有利になります。そのため、「タイ貢献党」が躍進する可能性は高まっています。タクシン氏の実娘を首相候補に担ぐ動きもあります。一方の「国民国家の力党」は「民主党」などとの連立ですが、基本的に寄り合い所帯であり、次期選挙を睨んで離党の動きなどが出てきています。
その状況下において、前哨戦として注目されたのが5月22日に行われたバンコク都知事選でした。実は、同日は2014年のクーデターから満8年の日。
結果は、タイ貢献党から出馬したチャチャート氏(インラック政権時の運輸相)が138万票と過半数の票を獲得し、2位の民主党から出馬したチャチャウィー氏の25万票などに対して圧勝となりました。さらに、都議会でも50議席中、20議席をタイ貢献党が確保しました。
これは、元々タイ貢献党の支持基盤ではなかったバンコクで起きたプラユット政権に対する「NO」の声として、現政権に対して相当なプレッシャーになっていると考えらます。タイの近年の歴史を振り返ると、選挙を行えば、支持者数で勝るタイ貢献党が勝ち、やがてそれに対する反対圧力がかかって、最後は、軍が乗り出して強制的に抑えつけることが繰り返されてきました。また、憲法裁判所による解党令も度々出されてます。ただし、解党後、新たな新党が結成され、ここは、一定程度の自由度は残されているともいえます(「新未来党」は議員数を減らしながら「前進党」にひきつがれています)が、党首などは、当面政治活動には参加できなくなります。
足元で、民主国家と権威国家の軋轢が再度強まる中、一国の中でそれが繰り返され、市民はそういう状態そのものに「NO」と主張しているようにもみえます。同国の正式名称はタイ王国。国王は、軍に倒して影響力を有していることもよく知られています。
同国は、脱クーデターの歴史を歩むのか、はたまた、権威国家路線を強めるのか、メコンの地域大国である同国の行く末は、複雑な歴史を抱えるメコン地域全体に影響を及ぼします。
タイは、伝統的に官僚機構、中央集権が強固ですが、観光業にみるように政策は柔軟で、近代史を振り返るとアジアで独立を維持してきた数少ない国であり、非常にしたたかさとしなやかを併せ持つ面があります。そこは安心感があるのですが、日本企業にとっては、最大の製造業の集積地です。同国のこれからの政情は、最大限の関心をもって注視する必要がありそうです。
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