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2024年7月時点の記事執筆においてはGoogle Doc音声入力 + Claudeが最強かもしれない

音声入力と生成AIを活用するブログやnoteの記事をできるだけ時短モードで生産する方法を模索しました。

便利だよ音声入力! すごいよAI!

Claudeの文章構築力の強さはこれまでにも何度も見せつけられたところですが、今日もまた打ちのめされる結果に。


はじめに

AIを使って短時間でブログを書きましょう的な提案はいっぱいでていますが…もう、「xx式プロンプトでアウトライン作って…」みたいな話は終演に近づきつつあるように思うのですよ。

もちろん作業の効率化は大事だし、それにAIを活用できることは確かです。そこは変わらないでしょうが、その活用の仕方はどんどん変えていかなければならない。

2024年7月の今、「効率的な」AIライティングプロトコルは何だろうか? これを探る試みの一環として、表記のアプローチを試してみた次第です。

新しいテクノロジーを試す

Google Docには直接音声入力ができる

これから述べるのはWindowsパソコンでの作業の話です。スマホはスマホで優れた音声入力の手段が存在しますが、そちらはまたの機会に。

当然ながら、音声入力にはマイクが必要です。イヤホン一体型のUSB接続タイプの製品を買いましょう。マイク端子やスピーカー端子ではなくUSB端子に接続するものです。その方が挙動が安定しています。これはノート・デスクトップを問いません。

私は下のようなタイプの製品を使っています。

安いですが機能・性能は十分です。私が今使っているものは3年半前に買ったものですが、今も快適に利用できています。

使う際のコツとしては、マイク部分をできるだけ口元に近づけて使いましょう。場合によっては洗濯バサミなどを用いマイク部分を襟元などにくっつけて使う手もあります。マイクが口から30㎝離れると、声を拾うのに高頻度で失敗するようになり、作業効率が著しく下がります。

音声入力の手順は簡単

  1. GoogleDocの編集画面を開いた状態で、メニューの「ツール」→「音声入力」のオプションを選択。

  2. 画面左側にマイクのアイコンが現れるので、これをクリック。

これでマイクのスイッチオンとなり、作業準備完了です。

下の動画は音声入力の様子です。マイク表示が赤くなった時点でボソボソと喋っています。

文字起こし専門AIなら、句読点を補ったりも自動的にやってくれるのかもしれませんが、google docの音声入力はそこまで賢くありません。句読点などの補足や同音異義語の修正は手操作で行う必要があります。

このため、私の場合は実のところ単位時間あたりの入力文字数はキーボード入力と大差なかったりします。しかし、ブラインドタッチが苦手な方々、書くよりは喋ることが断然得意という方々には有用でしょう。

AIが完璧に清書してくれる

さて、とりあえず試しに「夏の映画の思い出」というテーマで10分間集中して喋ってみました。そして、これをまるまるプロンプトの一部として取り込み、Claudeに清書させてみます。

以下のテキストは夏の映画の思い出を口述筆記したものです。ブログの記事として成立するように、日本語の文章としてリライトしてください。
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夏の映画か最初に思いつくのは サマーウォーズですね。10年ちょっと前の映画だと思いますが 目のつくところは とても良かったな と思いますね。ネットがまだ今ほど身近ではなかったと思うし LINE とかもまだなかった時代ですね。 そういった状況の中でスマホもまだ iPhone が やっと出たから出なかったと思うので 今ほどスマホが当たり前ではなかった時代だったと思います。 まだ多くの人はガラケーを使っていましたよね。 現実世界よりもはるかに高度にですね 発達していて 非常に みんながそれに強く依存しているという世界ですね。行政 サービスなんかも ネットに依存していると。現実世界で言うところの LINE と Twitter と セカンドライフ 全部一緒にしたようなシステム。自動翻訳 みたいなものも整備されていて 国境を超えて 誰とでも コミュニケーションができると。で面白いのはここからで、そういった世界 へ生きている高校生の男の子と女の子なんですけど、男の子がですね 女の子の実家に出向くことになる。 この実家というのがね 本当に面白いんですね。 江戸時代からある非常に 伝統的なお屋敷です。 おばあさんが頑張っていて 多くの親戚があそこに出入りしていてというね。音信不通になっていた女の子のおじさん、お婆さんの義理の息子なんですけど、そのおじさんが実はハッカーになってて。 もしもし これ以外の 映画 ね。「サマータイムマシンブルース」という、 上野樹里さんが主演したタイムマシーンの映画があったんですよね。 大学生の男の子たちがサークル活動やっていて、そこにマドンナ的にね 絡んでいる女の子が上野樹里さん。そこにタイムマシンが出現。ややこしい タイムパラドックスの話があるので口頭で説明するのが難しいんですけどね。学生時代のね 将来のこととかそんなにまだそうシビアには考えてなくない段階で学生同士で くっちゃべったり くだらないことをやったりして楽しんでいるね、 そういう雰囲気がね まあ SF なんだけど 妙に懐かしいというかね。
"""

ご覧のとおり、口述部分はもう見るに耐えないデタラメな文章となっています。頭に浮かんだものをそのまま口にしているので、ほぼ「話し言葉」。書き言葉としてはほぼ破綻したテキストです。
しかし、claudeは悪条件をものともせず次のような文章を返してきましたよ。

はい、承知しました。以下のようにブログ記事としてリライトしてみました。
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夏の映画と言えば、真っ先に思い浮かぶのが「サマーウォーズ」です。公開から10年以上経った今でも、その魅力は色あせていません。

この作品が興味深いのは、現代のITリテラシーの進化を予見していた点です。公開当時、スマートフォンはまだ珍しく、多くの人がガラケーを使用していました。LINEなどのSNSも存在せず、インターネットは今ほど身近ではありませんでした。

そんな時代に、「サマーウォーズ」は現実世界をはるかに超えた高度なネット社会を描きました。行政サービスまでもがネットに依存し、SNSやバーチャル世界、自動翻訳システムが融合した未来像は、今日の私たちの生活に驚くほど近づいています。

物語の面白さは、このハイテクな世界と、江戸時代から続く伝統的な田舎の屋敷という対比にあります。主人公の高校生カップルが、彼女の実家を訪れるシーンは、日本の古き良き夏の風景を思い起こさせます。そして、ハッカーとなった叔父の存在が、現代と伝統の融合を象徴しているようで印象的です。

さて、夏の映画といえば「サマータイムマシンブルース」も忘れられません。上野樹里さん主演のこの作品は、大学生たちの青春とタイムトラベルを絡めた不思議な物語です。タイムパラドックスの複雑さゆえ、詳細な説明は難しいのですが、将来のことをそれほど真剣に考えていない学生時代の雰囲気が、SFでありながら妙に懐かしく感じられます。

くだらない会話や行動を楽しむ学生たちの姿は、夏の思い出そのものです。これらの映画は、技術の進歩と人間らしさの融合、そして夏の青春の輝きを見事に描き出しています。そんな夏の映画たちは、暑い季節に心地よい涼しさと懐かしさを運んでくれるのです。

どうよこれ。もう脱帽するしかないよ。そうか、俺はこういうことが言いたかったんだ、と、膝を打つ思いですよ。

多少不自然な箇所がないわけではないですが、そこだけピンポイントで修正しさえすれば、これがnoteの記事としてアップされていても何の違和感もないでしょう。

こんなどうしようもないレベルからスタートして、極めてシンプルな指令一発だけで、ここまで到達するのです。もはや、プロンプトを極める勉強に時間を使うのは大して意味ないんじゃないでしょうか。

人間は何をするべきか?

ユビキタスでノマドな入力作業環境をめざして

上で私は2000円のイヤホン一体型マイクを使っていると述べました。同製品に内蔵されているのは超小型の無指向性マイクです。そんなのでもかなりしっかりと入力できますが、もう少し上等な指向性マイクを買えば、さらに不明瞭な小声でもいけるのではないかと期待できます。

すると、タブレットもしくはタブレットモードの2in1ノートPCを持ち込み、電車の中で周囲に迷惑を掛けずに入力作業などといった可能性が出てきますね。

以前の記事で「ノンストップライティング+ChatGPT」という手法を提案しましたが、その口頭版みたいなことができるかもしれません。

頭を使って目指すべきもの

Claudeが上で作ってくれたレベルの文章を書いてくるなら、もはや凡庸な雑記ブログの存在意義は乏しいでしょう。人間が作るなら、何らかの意味でこれを「超える」ものを出さなければいけません。それは、なにも文章としての完成度の話だけではありません。たとえばいわゆる「ポリコレ」を逸脱している主張。極めて特殊な状況や課題についての記述。そういったものを込めることに意識を傾ける必要があるのではないでしょうか。

ただし、文章のAからZまでが「AIを超えた」必要はないとも思います。全体の8割はAIの自動出力で十分。テンプレで十分。

むしろテンプレ部分が全然ない文章では読者がついてこられません。テンプレはテンプレで重要。ただし、残りの2割に全力でオリジナリティを込める必要があるという話だと思います。

おわりに

そんなわけで、「AIはこう使うべき」論はもう数か月おきに根底から描きなおし続けなければならないですね。大変だ。しかし、だからこそ新しいチャンスも生まれ続けるのだと信じて頑張りたいところです。


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