初期設定の愛 31. 突然の変化
おととしの2月か3月ころだったろうか、
老後の趣味を探し始めていた。
友人も少ない、仕事ばかりしてきたので、趣味がない。
これはつまらない老後になりそうだと感じていた。
50台中盤だから、60歳くらいの段階ではそれなりの趣味を持ちたい。そんなスケジュール感だ。
盆栽、囲碁将棋、ピアノ、郷土史研究、推し活、そんなところが候補か。
この時点から、さらに数年前、あるいは5-6年前くらいだろうか、事業は比較的安定していたのだ。
30代後半から40代中ごろのように24時間すべてを仕事に捧げる必要はない状態だ。出張ついでに神社へお参りしたり、友人と飲みに出ることもある。
SNS は仕事上で必要な調べものをしたり、暇つぶしにYOUTUBEの動画を見ることはあったが、エックスやインスタグラムなどを詳細にチェックしまくるようなことはしたことがない。
そもそも社会の動きや他人にそれほど興味がないのだ。
見始めると、やはり情報量が桁違いだ。情報が多すぎるからだろうか、趣味などなくてもいいかなと思うくらいだ。面倒くさそうだ。
老後の趣味の候補調べにも飽きたころ、ずっと避けていた禁断の調査、女神のSNSチェックを思いついた。
大丈夫だろう、もう平気だよ、なぜかそんな感覚になっている。
多分ここ数年の変化だろう。
自分でも実感があった。 価値観・人生観の変化。
あー、もう老後の入り口だ。更年期なのか、いろいろと考えは浮かんでいた。
もう我が女神も初老のおばさんだ。こちらは初老のおじさん。地元で時々見かける同級生たち、すっかり変わり果てている。
少し矛盾するようだが、実は、このころ、女神のことが気になる頻度というか、引力が急激に強くなっていたのだ。
いつからか、心の中の壺に雑念を一切合切閉じ込め、軽く蓋をのせていた。
この雑念の大部分は女神関連が占める。その蓋が軽すぎたのか、機能しなくなっているようだ。
頭に自然に浮かぶ頻度が明らかに増加していた。
なんでだろうか、どうしたのか。以前ならすぐに蓋をしめる。
ただし、不思議なことに、大丈夫、もう大丈夫、もういいよ。
そんな感覚がある。
蓋をするのをやめよう、そう思った。もう壺はあけっぱなしでいい。
しっかり味わえる、そういう段階かもしれない。
ついに、彼女のSNSをチェックし始めたのだ。
酔っているのだろう、彼女が一人で道端でうずくまる写真を見た。しゃがんだ後ろ姿だ。コメントには、「飲みすぎないでね。自分を大切に。」とある。自分で自分をいたわっている。友達はあまりいないのだろう。
久しぶりの涙、ボロボロ流れる。心臓がキュッとなる。
愛おしくてしかたない。魂の奥底から沸き上がる。どんどん沸き上がる。とめどなく押し寄せる感情。
この時の感情を今また追体験して、今また涙している。 ( ;∀;) 涙がとまらない。
まあ、友人と飲んだ後の写真だろうかと推察できるが、詳細はわからない。
この写真を見て、「つらい」「寂しい」「孤独」 、、、”ボロボロに打ち砕かれた感情” を感じた。
事実がどうであれ、ハートにダイレクトに飛び込んできた感情だ。
愛おしい。会いたい。 直接会って、慰めたい。
「頑張ったよ」「よくやったよ」「すごいよ」
そう言って褒めてあげたくなったのだ。どうしても会いたい。
そろそろいいんじゃないか。
いやいや、そんなわけないでしょ~。 急いで何かが否定する。
心の中で、”天使と悪魔” ”トムとジェリー”(注) が戦い初めている。
ものすごい葛藤が始まった。この葛藤、これから9か月ほど続くことになる。
そんな折、超大口の商談がまとまった。過去3年の平均年商のなんと80%程を占める額になる超大口受注だ。原価率も良い。ラッキー感もあるが、これまでの苦労が報われたとも感じ、素直にうれしく、手ごたえを感じた。
もちろん、金額が大きくなればなるほど、その仕事量、責任も増す。
この大口の仕事の完了は8月だ、半年がかりとなる。
そうだ、この仕事が完了したら、会いにいこう。
そして、気持ちを伝える。そう決めた。
これが実現すれば、38年ぶりの再会だ。
年齢も年齢だし、いまさら、再会しても愛だの恋だの、好きだ嫌いだなんて感情がおこるのかどうか、そもそも疑問だ。そもそも、こちらは家庭がある。女神だって家庭があるだろう。バツイチの可能性もあるが、その場合でも彼氏の一人くらいいるでしょ。
そうだ、リアルな友達、社交辞令的なやつでなく、本当の友だちになりたい。そうだ、そう伝えよう。
家族ぐるみでの付き合いでもいいじゃないか。当時の考えはそんな感じだった。
男としてはもう枯れている。
ここ数年で、以前のように日常生活の中で、女神がフラッシュバックして、パニック的に心乱れることがなくなっていた。強烈なものはこの時点から8年程前が最後だったであろうか。
大阪の豊中市内を運転中、あることがトリガーになり、女神のエネルギーが全身を駆け巡り、涙が溢れた。交通量の多い道路で、危険を感じたので、すぐに全集中で振り払って、事なきを得た。
当時すでに、そのようなテクニックが自然に身についていた。この時はフラッシュバックから5秒ほどで涙していた。
注:『トムとジェリー』(英語: Tom and Jerry)は、1940年にウィリアム・ハンナとジョセフ・バーベラによって創作された、アメリカ合衆国のアニメーションシリーズ。ネコのトムとネズミのジェリーが巻き起こすドタバタ劇を描いたカートゥーン、ギャグアニメである。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
32.明晰夢 へつづく