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初期設定の愛 49.言葉 きずな
「ちょっと話がある。」そう声をかけた。
妻が怪訝そうな顔をしながら、近ずいてきた。
面倒くさそうだが、何かいつもと違う空気感を感じているのだろう。
注意深く繊細に意識を私に向け始めた。私をしっかり見つめている。
「あなたを愛している。」「感謝している。」
確かにそう言った。私の口から出た言葉だ。
「・・・・(沈黙)・・・・・・・」 妻は無言のまま、目を見開いた。
びっくりしているようだ。
「出産は大変だった。自分には何もできなかった。ありがとう・・・。」「娘たちを生んでくれて、本当にこころから感謝している。二人ともいい子だ。君のおかげだ。」
(台本など事前につくってない。魂の言葉だ。魂がしゃべっている。今まで一度もいえなかった魂の言葉。)
「・・・・(沈黙)・・・・・」 無言で聞いている妻。
こうして二人きりで向かい合ったのいつぶりだろうか。
妻は目の前のダイニングテーブルをはさんで反対側に座っている。
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この時点で、妻は、ただ事ではないと気がついているようだ。
何か大きな異変を察している。
(妻の目がすこし赤い。)
「でもね、・・・・・ウ゛っ・・・(しばし言葉に詰まり、沈黙した。)」
「・・・・・・・・・・・・ 」
「自分はずっと、幸せになりたい。そう思って生きてきた。」
「・・・・・・・・・」 (妻はいつになく辛抱強く聞いてくれている。)
「君とは、ソウルメイト同士だと思う。」
「う゛ん、私もそう思ってるよ。そうだよね。」 妻が声にならない思いを声にした。ちゃんと私の目を見て答えてくれた。
「恋愛結婚だよね。確かに恋愛をしたんだよ・・・。」
「・・・そうなんだけど、いつからか、自分は、それほど幸せだと思っていなかった。」
「ずっと、その思いを抱えて生きてきたんだ。」
「それと、あなたに愛されている実感があまりない。あまりそれを感じていないんだ・・・。」
・・・・・(しばらくの沈黙)・・・・
“もっと愛されたかった。”
口元まで出てきたこの言葉は、飲み込んだ。
男のプライド、強がりだろうか。わからない。
「それほど長い時間は残されてないんだと思う。」
「・・・」
「これからは自分の気持ちに正直に生きていきたい。」
「・・・・・・」
「・・・離婚 してほしい。 」
とぎれとぎれではあったが、確かに自分の言葉だ。間違いなくそう伝えた。
自分がしゃべった言葉だ。
文字にすると何やら、自分勝手なバカ男だ。そう思えてもくる。
書いてて恥ずかしい。ほんの数か月前の出来事だ。
そうわかってはいるのだが・・・。どうにもならない。
正直に記録を残すしかない。
かっこつけてもしょうがない。
妻は何か感じていたようだ。今まで見たことのない表情だった。
かわした言葉以上に、二人の間での意思疎通は円滑だった。
言葉にならない思いをお互い通じ合わせた。
そんな感じがした。
これほど、冷静かつ饒舌に自己の思い、感情を表現したのは、はじめてだろう。人生初だ。
こころの奥底に封印していた思いだ。
とても、スッキリした。 これほどまでの爽快感は、他に記憶がない。
うまい表現が浮かばないが、心のスペースが広くなった感じだろうか。
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人生でおこることの意味、これを、瞬時にすべてを理解できるわけではない。自分でも何がなんだかわからない。
絶対に起こり得ないこと、不可能だと思えることが起きた。
これもシナリオなのだろう。
これには、もう慣れている。100%うまくいく流れなのだ。
誰も不幸にならない。その確信がある。
ただの法律制度、社会制度である。結婚も離婚も自由だ。
広がった心のスペース、宝箱に何がはいるのだろうか。
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子供時代、自分の気持ちをうまく表現できない子だった。
周りの人が勝手に、察してくれるだろうと思っていたのかもしれない。
当時は ”どもり” と言われていた ”吃音” の症状があった。
小学校1年の途中から、4年生の途中くらいまで続いたであろうか。
常にではないが、一度はじまると、意識してしまい、なかなか治らなくなった。突然はじまる。理由がわからない。
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なかなかうまく言葉がでない。
気の許せる友達との会話でも、うまくしゃべれないのだ。
あせればあせるほど、言葉に詰まる。
小学校2年生のときだ、隣の市の精神科の専門病院へ連れて行かれた。
私の手を引いて。
まだまだ人生経験少ない当時の筆者の母親だ。
子育てでの悩みは当然あるのだろう。
私のことで悩んでいたのだろうか。子供心にそのことは感じていた。
2歳上の兄があまにもりも活発で利発な子だった。成績優秀、クラスのリーダータイプで、毎年学級委員だった。
その兄とどうしても比べてしまい、次男が心配だったのだろう。
陽の当たらない建物、洋館のような外観だ。まるでフランケンシュタイン(注)が棲む家のようだ。各部屋の窓には鉄の格子がついている。建物の目の前には小川がながれ、柳の木が何本か生えている。
筆者の恐怖心が伝わったのだろうか。母は私の手を必要以上に強く握った。痛いくらいだ。
母の緊張感が伝わる。意を決したようにその小川にかかる橋を渡った。
そして病院へ入った。
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彫りの深い顔の男性の先生だった。最初は怖そうだと思ったが、やさしい先生だった。
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「お母さん、心配しないでいいよ。この子は頭がいい子なの。頭の回転が速いし、他の子よりもいっぱいいろんなことを感じてる。それを一度にしゃべろうとするもんだから、言葉がでなくなるの。」
溜めていた何かがいっきに溢ふれだしたのだろう。母は泣いていた。
「そのうち自然に治るから。」「心配いらないよ。」
「頭の中でいいたいことを整理してから、ゆっくりしゃべってみて。それから、どうしてもあせると ”舌ベロ” が前にでてきちゃうから、しゃべるときに、”舌ベロ” を後ろへ引っ込める。そのことを意識してしゃべってみて。」
この先生のアドバイスどおり、”舌ベロ” を引っ込める、喉の方へ ”舌ベロ” を軽く押し下げるような感じだ。そのことを意識したら、だんだん吃音になることが減っていった。うまくしゃべれることの方が増えていった。
しゃべる前に、一度この ”舌ベロ” を下げるという作業を意識することで、言いたいことを整理する時間もできる。
この作業をすることで気がついたことがある。
目の前の友人は、そのあいだ、しっかり待っていてくれる。ちゃんと筆者の目を見て筆者の言葉を待っていてくれるのだ。
この子は何かをしゃべろうとしている。
何かを伝えようとしている。
そのことを感じて待っていてくれる。そのことを感じた。
慌てなくていい。待っていてくれる。
だんだん、吃音はなくなった。そのうち吃音だったことも忘れた。
楽しい小学生時代だった。そんな気がする。
人生振り返ると、人間関係のトラブル、もめごと、そのうちの何割かは ”言葉” が原因となってるような気がする。
今更ながら思うことは、”何を思うか”、ここまでは自由だ。
そして、”何を言うか”、これは慎重に。
責任が重い。影響が大きい。
一度 ”舌ベロ” を下げて、ためをつくる。
そして丁寧な言葉でゆっくりしゃべる。
このことをしばらく忘れていた。
これからは、そうしようかな。
注:
『フランケンシュタイン』(Frankenstein)は、イギリスの小説家、メアリー・シェリーが1818年3月11日に匿名で出版したゴシック小説。原題は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』(Frankenstein: or The Modern Prometheus)。フランケンシュタインは同書の主人公であるスイス人科学者の姓である。今日出回っているものは、1831年の改訂版である。多くの映像化作品が作られ、本書を原案とする創作は現在も作り続けられている。
念のため、下記の動画も参考にしてください。
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