地球の裏側
僕と綾香は産まれた時からの幼馴染だった。家も近所で親同士も仲が良く、保育園の頃は一緒に出掛けたり公園で遊んだりすることが僕の楽しみだった。
僕たちが六歳を迎えたばかりのある日。いつものように僕は近所を自転車の練習がてら散歩していた時のことだ。
ふと綾香の家の前を通ると、綾香の家の前庭に大きな穴が空いている。子どもながらに何かあったのかと思い目を見開いて近寄ると穴の中で綾香がとても真剣な顔をしていた。
思わず
「綾香?何してるの、大丈夫?」
と心配そうに声をかけると僕を見た綾香はすごく嬉しそうに笑って
「拓也!綾香ね、穴掘ってるの!地球の裏側に行くんだよ!一緒に行く?」
とおそらく本気で言っている綾香は、純粋で、無邪気で、目がキラキラとしていて、嬉しそうに僕のことまで連れて行こうとしていた。その日から、綾香の笑顔は僕の心に住み着いて一度も離れようとはしてくれない。
「そっか!じゃあ僕も手伝うよ」
そう言って綾香と一緒に穴を掘ったり石を集めたりして、地球の裏側に行く計画を二人で立てる時間が気付けば僕にとって一番楽しい時間になっていた。
「拓也!今日も行こうよ!」
これが綾香との地球の裏側ツアーへの合図だった。まず、僕と綾香で穴を掘り、硬い部分は石で削ったり水をかけてシャバシャバにしたりした。ある程度掘れてくるとよく石が埋まっていたため
「拓也殿!化石発掘です!」
と地球の裏側にいくはずがいつの間にか化石堀りに変わってしまうことも多かったが、僕たちはそれが満足だった。お仕事に疲れた僕たちに待っているのは、僕らの横に積まれている厳選された土を使用した豪華ディナーセット。なんて贅沢なんだろう。
結局、その楽しい時間は綾香の母によって止められてしまったが僕たちの野望がこの十五年間、消えたことは一度も無い。地球の裏側へ行くという野望は、僕たちの間で定期的に語り継がれることとなった。
暗くなった帰り道。僕たちは新生活を迎えてもなお、こうして一緒に帰るということが当たり前になりずっと変わらなかった。
「綾香」
「んー?」
「地球の裏側は、今明るいのかな?」
「えー、どうだろう。さすがに裏側だから時間も真逆なんじゃない?今が夕方だから…明け方かなあ?」
ふふっと笑いながらスマホを取り出して時間を調べ始める綾香。きっとこのままだとまた綾香のトークに付き合わされるに違いないと思った僕は綾香よりも先に口を開いた。
「いつか、行かない?」
「裏側?」
「うん」
「穴掘り?」
分かっているくせにふざけてくる綾香も愛おしかった。それがただの照れ隠しなんてことは、僕には全部お見通しだというのに。
「もう、そんな穴掘りなんかじゃなくって、僕たちの野望叶えようよ。綾香殿」
僕は思い出の前庭を見ながら綾香に告白した。
「かしこまりました!拓也殿!」
と敬礼する綾香を見て僕は思わず吹き出してしまった。同時に綾香も嬉しそうに笑っていて、ああ、僕はいつか本当に綾香と裏側へ行けるのかもしれない。そう思ったんだ。
お互い大学生になっても相変わらず仲良しで、母たちもよく僕たちのことを話題にしているようだった。だから、付き合ったと知った時三人で繰り広げられるガールズトークに耐え切れずに一人逃げ出したこともある。目の前で自分の話をされるなんて、やっぱり恥ずかしすぎる。
付き合ってから綾香とは色んなところへ旅行に行った。温泉、遊園地、サイクリング…どこへ行ってもキラキラとした笑顔で僕を見る綾香がたまらなく愛おしくて仕方が無い。
「ああ!今度化石堀りも行こうよ!どっかやってないかなあ」
とスマホと睨めっこしながら僕にも早く調べろと催促してくる綾香。
「そんなの本当にあるの?」
と半ば諦めで調べ始めると、恐竜博物館の隅の方で化石堀りをやっているということが判明し綾香の誕生日プレゼントは化石堀りという形になった。
あの日から五年後の四月五日。綾香の二十六歳の誕生日だ。綾香は受付として就職し、毎日めまぐるしい日々を送っている。大学卒業と同時に同棲を始めた僕も、サラリーマンとして仕事に慣れてきたところだ。今日は綾香の二十六歳の誕生日。そして、今日は今までで一番幸せな金曜日になるだろう。
ガチャ
「ただいまー」
家のドアを開ける綾香。
「あれ?どうしたの?今日早いね」
「そうだよ。綾香の誕生日だから」
綾香は荷物を置き、部屋着に着替えようとクローゼットに向かおうとしていたため、綾香の背中を呼びとめた。
「綾香」
「なにー?」
「地球の裏側まで、行きませんか?」
僕は背中に隠していたものをそっと綾香に手渡した。するとみるみる笑顔になり、あの頃と何も変わらないキラキラとした瞳で僕を捉えて離そうとはしない。
「もちろん!」
二十年越しの夢が叶った!と喜ぶ綾香を見て、これからも二人でどこまででも行こうね、と誓い合った。
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