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「これは飲み水ではありません」(クロコライダーズ!④)
ポップス大作戦#4
こい瀬 伊音
こんなやつとマックでデートの真似事なんて、なんでわたしが?
うざ。
まじ帰りたい。
仲良くなったスタッフの桜井さんにLINEを飛ばしても、気の抜けたスタンプしか返ってこない。
スカートの裾を気にしながら二階にあがってみると、お客さんはまばらだった。トレイを持ったハルくんはわたしを抜かして、あんま人目につかへんほうがええやろ、と窓に向かって横に並んだ席を取った。ふたつの椅子は不自然に間が空いていて、これはソーシャルディスタンスなんだ、と自分を納得させた。
ハルくんのきれいな横顔にさらさらと髪がかかる。それを邪魔そうにする仕草、ずるい。こいつはきっと、女子のあざとい計算を見抜いてお腹で笑うタイプだ。はやく日が暮れてもっと暗くなったら、窓に映るハルくんをじっと見られるのに。
「ももちゃんさあ、ポテト嫌いなん?」
ひといきに食べ終わったバーガーの包み紙を、几帳面に折り畳みながらハルくんがいう。角を押さえる薬指が、細くて長くてきれい。ギターの弦と一緒に、女の子の気持ちをいっきに押さえにいく指だ。
「好きだけど」
「ふーん。そやけどあんま食べへんやん。ダイエット、いらんくない?」
「ニキビ、できたらやだから」
ほんとは好きなのに。油のにおいを肺にいっぱい吸い込んで、脳みそ騙してるとこなの。
「あー。そかそか。ごめんやで。そしたらそっちももらっていい?」
にゅっと伸びてくる腕からは、触れてもないのに熱さが伝わってくる。ライブの最後にピックを投げたとこ、何度も繰り返し再生したんだよわたし。言わないけど。絶対言わないけどね。
「ハルくんてさ、一緒にいてくれるなら何でも楽しいーっていう子としか遊ばないんでしょ、いつも」
つい、いやみったらしくなってしまう。
「おれ、ファンの子とは基本めし食わへんけど。そっちもそうやろ?」
当然みたいにファンとか。資料映像もらうまで、ぜんぜん知らなかったのに。大阪じゃどうだったかしらないけど、こっちでは埋もれてるバンドのくせに。生意気。ここにしかいたことのないわたしは、どこにいても半地下のアイドルだけど。
人懐っこいハルくんは、アイスコーヒーの外側の水滴を人差し指で下からなぞって飛ばしてくる。退屈ならもう帰れば?何度もそう言ってるのに、肌にはりついてくる目線がうるさい。熱心なのに冷静で、わたしにもぐりこんでくる。あからさまな興味が腹立たしい。やりたいんならやりたいなりに、下手に出ればいいじゃない。
「なんや、怒ってる顔のほうがかわいいやん、おもろ。キャラ変したらもうちょい人気でんちゃう?」
ほんとむかつく。背だって低いくせに。だけどほんのり、胸がきゅうっとする。かわいいっていったよね?いま。かわいいって。
わたしのほしいものはインスタのハート。どうにかしてバズりたいから毎日かわいいをアップデートしてる。でも、赤いハートがとけるくらい、ハルくんのひとことひとことにイライラして揺れる。
ハルくんがわたしのポテトをつまむ。指も、くちびるもしょっぱそう。わたしは喉がひりひりと乾いて、下校中の公園の水呑場を思い浮かべた。小学生の頃みたいに蛇口を上に向けて、口をつけて、服も爪先も濡れたっていいからごくごくと、おなかいっぱいになるまで飲みたい。
ほとんどひとりでポテトMをふたつ片付けたハルくんに連れられ、狭い階段を降りる。
「このあとさぁ、予定ないなら一回やっとく?」
涼しい顔して事も無げに、なに言っちゃってるの?しかも、耳元とかじゃない。二メートルも離れて。ばかなんじゃないの。
そのとき、ハルくんはステージみたいにキラッと笑った。ばかじゃないの。見上げてるのはハルくんの方なのに。
「つっこむとこやで、ここ。なんもないのにやるとか、めんどくさいだけやん。今日の目的達成やなー」
なんもないのに、が突き刺さる。素直に無遠慮に噛みちぎられる。
「目的ってなに?」
「怒ったときのももちゃんの動きを観察する。いち、顔の動かし方。に、身体全体の動かし方」
「なんなのよ、それ」
「桜井さんがな、ももちゃんの動きを研究しろー言うから。かわいこぶってるとこはいくらでもアップされてるけど、怒ったとこはどこにもでてへんかったし」
「桜井さん?」
「そ」
仕組まれた!?かっこいいとか騒いだこと、こいつ知らないよね?
「だっておれ、ピンクの中の人やし。戦う動きなら怒ってる方が合いそうやん」
飲用不可、これは飲み水ではありません。
こんなにあるのに。
わたしの喉はからからなのに。