フローズンピーチスムージーのおいしいつくりかた教えて
BFC5落選展
フローズンピーチスムージーのおいしいつくりかた教えて
こい瀬 伊音
角切りの黄桃と一口大のバナナとを冷凍庫からとりだして、カランカランとフードプロセッサーに入れる。牛乳とヨーグルト、はちみつを垂らしてスイッチオン。最初はすこしぎこちない動きだけど、やがてなめらかになる。とろとろの桃のスムージーを太いストローで吸い上げる。
亜里沙ちゃんの目はアーモンド型の縁にびっしりとまつげが揃っていて、濡れたように黒かった。初めて会ったときにはまだ浅黒い肌をしていて、エキゾチック、を思わせた。わたしの白くてつめたい肌とはおおちがいのすらりとした手足。正しい筋肉がきちんとついていて、野生の躍動を思わせる。崖に生えた草を食む、俊敏な鹿のほっそりとした脚、の、膝の曲がる角度までが完璧で、あのこの下の毛が濃かったら絶対に魅力的だなあ、なんてことを自然と考えた。VIOの脱毛なんかと無縁でいてくれたらどんなにいいだろう。
わたしは今亜里沙ちゃんをどうにかこうにか想像してみる。
うちS以外の服着るとかありえないんだよねーって言っていた。無駄をすべて削ぎ落としたあのからだをもしわたしが持っていたら、きっと欲望のままにかわいい服を、膨張をこわがらないで丸い袖やティアードスカートを選ぶに違いないのに、亜里沙ちゃんときたらモノトーンしか着ない。そして必ず直線を大事にしているのだった。
わたしのブラウスの裾からラブハンドルがあらわになるとき、頭のなかで亜里沙ちゃんが着替える。太陽を跳ね返す白のTシャツ(韓国とかのアイドルみたいにおなかが見える)、黒のパンツは今年はやりのカーゴ(足首がすぼまってるやつ)で、くるぶしやアキレス腱の細さを無造作に見せながら計算し尽くしている、もしくは計算の末無造作を演出している。覗く脇腹のカーブはわたしとは反比例だから、わたしからはあのハンドルがラブごとあふれてこぼれおちてしまう。
ああ、なんか集中できないな。からだの声を聞けてないから。呼吸を繰り返して。
ヨガの先生の声を思い出す。
「吸って、呼吸を背中に届けて……はいて、胸を高く空に向けて」
亜里沙ちゃんが猫のポーズで背中をアーチにする。肩甲骨の羽の間を存分に広げ、背骨のいっこいっこを順番に立てていく。ふー。ふー。こんな姿の猫は怒っているに決まってる。きっとしっぽを太くしている。わたしにはできない芸当で、大変にうらやましい。
「亜沙美がしあわせならなんでもいいよ、しあわせなら、ね」
聡子はLINEで「なら、ね」なんて区切ってまでしあわせと感じているのかどうかを念押ししてきた。「しあわせってなによ」「結局」と吹き出しを二つに分けて聞いてみるけど、「最低限不快じゃないかと」「楽しいかどうか」って矢継ぎ早に返ってくる。聡子はキャッチされたあともうリリース済みで、つまりはわたしの知らない領域を泳いで帰ってきた強者だ。
この人は若い頃なら決して好きにはならなかったタイプだけど、恋を手放して結婚がしたいのならつぶってもいい目はつぶらなきゃいけない。わたしは自分の市場価値を見誤るなんてカッコ悪いこと絶対にしたくないし、(相当に下がっているのはたしかで、年齢でも詐称できないかぎりV字回復の見込みはない)地元なら誰もが知ってるロゴつき名刺をもらったらたとえば顔ぐらい、しぐさくらい、ことばのはしくらい、あとからゆっくり慣れていけばそれでいい。鼻と鼻とがくっつきそうな距離で「亜沙美さん」と呼ぶ、その声はやさしげで、それだけなら好みと言えなくもなかった。
亜里沙ちゃんは褐色から色が抜けてどんどんと白くなる。さすがに学生時代のように無茶な日焼けもしない。わたしはその肌にグレーの下着をつけさせる。ぷつぷつと浮かぶ汗がグレーをまばらにする。霧吹きを吹きつけられたみたい。少しずつ濃くなっていくグレーの位置を意地悪く設定する。あ。濡れてきたね。
きもちが全然ついていかないのなんてありふれている。相手になにか期待するものじゃないのよ。自分で自分を盛り上げて、ついていけるようにするの。
鼓舞だよ鼓舞。よろこぶ。
わたしはわたしのよろこぶ声を聞いて鼓舞する。鼓舞のためによろこぶ。
出汁がたりないのかなあ。甘すぎるスムージーにピンクソルトパラリ、それで解決するならミルごとひとつください。
まわる、まわる、がりがりと削られ。
ねじられ、しぼられ、剥がれ落ちる経血がわたし自身の四分の一を占める。溶かされ、混ぜられ、鼓舞励行が不毛に侵食する。こういうの、すきなんでしょ。だから亜里沙ちゃんにおまかせ。鹿のようによく跳ね、よく締まった断面はきれいな一色、ダークチェリージャムの色、ジビエ。
嫌な役を押し付けてこなした、それだけだよ。
そうまでしてって思う? 勝手だな。
子育てがイージーモードだからって、今おなかにふたりめがいるんだって。ままならないわたしを、わたしの頭のなかでだけでもやってみてよ。
完熟の白桃の、あなたのすきなところ、にキッチンばさみを突き立てて十字に傷をつける。開いた刃で果肉の奥の種を挟み、ねじりまわして引きずり出す。種はシンクにぼろんと落とし、その刃で産毛をこそげたら皮ごとぶつ切り。いい香りで見るも無惨なそれをジップロックにいれたら果汁ごと平らかに、冷凍庫で眠れ。