「サラリーマン」として生きることについて

酒に酔って寝てしまうことがある。寝てしまうほど酔っているときは、大抵あることないこと好き放題言っているときだ。それは酒の勢いを借りたものか、場の空気に乗せられたものか、「本音」というにはあまりにも軽薄な、怪しげなものかもしれない。

しかし酔いから覚めて急に冷静さを取り戻したとき、その本音的なモノの断片から、それらしき塊が降ってくることがある。それがいまだ。

これから書くことはまたしても反成長的な言説だ。前にも書いたかもしれないが、反成長的な言説を表すことは別に成長を否定したいわけでも、それを勧める人たちを貶めたいわけでもなく、純粋にそこに迎合しきれない僕の単なる落書きに過ぎない。

あるいは今更こんなことをわざわざ書く必要もないのかもしれない。しかし、自分の中では当たり前ではなかったことなので、書き留めておくことには意味があるのだ。

スタートアップやベンチャーという界隈にいて、社歴がある程度長くなってくると、あるいは会社そのものがそういったものから遠ざかってくると、「自分はまだここにいていいのだろうか」と思うときが来る。

ある人は、「サンクコストを気にして挑戦しないのはもったいない」「フェーズに合わなくなってきているのに惰性で残り続けるのはお互いが不幸だ」という。もっともだと思う。

実際に周りを見れば、新しい環境に飛び込んで充足感を得ている人も多い。あるいは自分自身で新しい環境を作り上げて、より上のステージに登っている人さえいる。

そんな環境にいると、一層自分はこのままでいいのかと思う焦りや、羨望みたいな感情が湧き上がってくる。

ただ一方で、「サラリーマン」として生きることも悪くはないのではないか、とも思い始めている自分もいる。
サラリーマンとは、いわゆる普通の勤め人のことだ。大きな環境の変化を求めず、与えられた役割に忠実に労働する。スタートアップで働くということの対局にありそうな存在だが、これが普通なのではないか、とも思うのだ。

こうした働き方が日本の停滞を生んだと言われれば、反論することはできない。しかし今この瞬間にもそうした働き方があり続ける以上、生存バイアス的ではあるが、それが意味と価値を持っているという考えにも一理あるのではないだろうか。

僕自身、そうした考えを嫌った時期もあった。そうでなければこの界隈には来ない。華々しい成果を糧に、次のステップに進み続けることがカッコいいとも思っていた。だからその会社での評価や役割よりも、転職市場からの評価を重視していた時期もあった。

しかし華々しい成果を上げて、挑戦をし続けるというのには才能がいる。それは成長し続けることができるという特殊なスキルの持ち主に許される夢だと思う。凡人にはなかなか難しい。

凡人であることを自覚したとき、挑戦と成長偏重の考えに囚われているとそのギャップに苦しむ。
前にも書いたとおり、そもそも企業の成長と個人の成長は別の曲線を持っているのでなおさらだ。
ただ凡人は凡人であるがゆえに凡人なのだ。小泉構文のようだが、「その他大勢」つまり凡人であることに特別な理由はいらない。
特別な理由のない存在だからこそ凡人なのであり、誰しもが起業家やハイパフォーマーではない。
逆に言えば誰しもが起業家やハイパフォーマーであるのなら、そこに特別な価値は生まれないはずだ。

では凡人はどう生きればよいのか。それがサラリーマンとして生きる、ということではないかと思う。
大きな環境の変化を求めず、与えられた役割に忠実に労働する。幸いにも日本は解雇規制が厳しい。ハイパフォーマーでなくてもすぐにクビを切られたりはしない。アンフェアではあるが、一般的に企業対個人では圧倒的に企業が強い世の中なのだから見逃してくれ、とも思う。

また大したことではない労働を長く続ける、ということはそれはそれでひとつの才能なのではないかと考えるときもある。これは単に僕が飽き性で根性に欠け、長く勤めた経験がないことからくるものだが、長期勤続の人間がたまに見せる「ならでは」の活躍みたいなものに憧れるときもあるのだ。

僕自身はどうかといえば、今現在勤続年数ギネスを更新し続けており、サラリーマンとして生きようとし始めている。また数ヶ月後には全く違うことを考えている可能性もないではないが、それでも上に書いたような自己正当化の言説をここに書き出すくらいにはまとまった考えとして自分を形作り始めている。

結局はただの言い訳と思われるかもしれない。実際言い訳そのものだ。
すでに書いたとおり、今更わざわざ表明するまでもない考えかもしれない。

ただ、もし同じ境遇にいて、成長と挑戦の強い光に悩まされる誰かがいたとしたら、共感を得られるかもしれない。共感を得たところで何になるわけでもないが、それはまだ酔いが残っているということで大目に見てほしい。


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