あの子は、ビートルズが好きなんだって。

彼はふつうの大学生。友達に誘われたライブを断りきれなくて、ライブハウスの端っこで一人苦手なビールを飲む彼。
彼女はバンドのシンガー。大好きな、みんな知っているビートルズのあの名曲を、きりりとした瞳を細めながらたのしそうに歌う彼女。
そんな彼女に、彼は一目惚れしちゃったんだ。
一目惚れは初めてだった。どうしていいかわからない彼は半分以上残っているビールを一気に飲んだ。彼のフラフラした様子になにかを察した友達は、「あの子は、ビートルズが好きなんだぜ」って教えてあげた。
彼は家に帰る途中にTSUTAYAに寄って、ビートルズのアルバムを全部レンタルしたそうだ。笑っちゃうけど、かわいいね。

次の日から彼は、ビートルズを聴いた。彼女の気持ちを知りたくて。
あんなにきれいなひとは、きっと好かれ慣れているし、いろいろな男を知っているだろうと彼は考えたんだ。どうやったら彼に興味を持ってくれるのか、一生懸命考えた。ビートルズはそんな彼にたくさんヒントを教えてあげたのさ。
気がつけば、彼女の気持ちを知りたくてビートルズを聴いたことなんか忘れてしまうくらい、彼はビートルズを好きになっていたんだよ。
それから時間が経って、友達から飲み会に誘われるんだ。彼女がくるぞって。そのときちょうどRubber Soulの4曲目を聴いていた。
彼は前日に美容院で髪を切って、当日はいちばんお気に入りの服を着て出かけた。

意外なことに、彼女の方から、彼に声をかけた。
「フォーセールの頃のポールみたいな髪型ですね」
昨日美容院で、ビートルズみたいな髪型にしてくださいって恥を忍んで言ってよかったね。
彼はぎこちなく笑ってごまかした後、意を決して彼女に言った。
「いつか、あなたの歌っている姿をみました」
「わたし、歌っていましたか?」
彼女は恥ずかしかったのか、からかいたかったのか、きりりとした瞳を細めて笑う。彼はこういう不思議な切り返しを受けたことがなかった。なんてステキな切り返しなんだろうって、一瞬でますます好きになってしまったんだよ。彼女の笑顔と言葉で、脳ミソがふやふやになってしまったんだね。
だから、ビートルズとたくさん相談して、いつか仲良くなったら言おうって決めてたことが、自然と口から飛び出した。
「あなたの笑顔が好きです。あなたの顔を眺めていたいから、デートをしてください」
そして彼女は彼の手を取って、こう言ったんだ。
「これまで続いてきた人生で、はじめてそんなこと言われました」


それから数えられないくらいデートをしたんだって。
ある日、彼は銀座線に乗って百貨店を目指していた。大切なものを買うためにね。その日はクリスマスでも誕生日でもなかったよ。なんでもない一日だった。けれど、彼はその足で郊外の彼女の家に向かったのさ。
「はじめてデートをしたあの日と、ずっと同じ気持ちでいます」
彼はプレゼントを差し出した。
彼女はきりりとした瞳をまっすぐ彼に向けて、言うんだ。
「これから続いていく人生で、ずっとそんな風に思っていてください」
彼女は20カラットのゴールデンリングを愛おしそうに指にはめた。きりりとした瞳がきらきらしていたのは、指輪の輝きのせいではないだろうね。

それからいくつか季節がめぐって、彼と彼女は小さな家と、しあわせな家庭を築いたみたいだ。お庭では2人に似たかわいいこどもが走り回っている。
彼は愛するひとのために一生懸命仕事をする。
彼女は、晴れた日にはお庭に出る。こどもの手を引いて、おもちゃのギターを抱えてね。
相変わらずきりりとした瞳を細めて、大好きなあの曲を歌うのさ。
「Ob-la-di Ob-la-da」って!



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