悲喜交交
緩やかなエンジン音を聴きながら、後ろに流れる景色を眺め、沢山の想い出を頭の中に巡らせていた。
家族のこと、友達のこと、自分自身のこと。
自分の中にあるはずの其れは、何処か余所事の様で。
漠然と、私にはなにもないんだという感覚だけが、妙に生々しく残っている。
____
『あのさ、久々に家に戻ってやり残してきたこと全部終わらせて来ようと思う。でさ、全部終わったら……さ、』
静かに私の髪を撫でる彼女に向けて、ぽつりと呟いた。
私が発した言葉に、彼女は意表を突かれたかのような表情を浮かべ、煙草を吸う手を止めた。
最後まで言いきらなくても、彼女はちゃんと理解してくれた。
私が今までずっと否定し続けてきて、私に見放されたくない彼女が、暗黙の了解として触れてこなかったこと。
何か言いたげに口を開いて、飲み込むように閉じて。
それを数秒繰り返した後、少し嬉しそうに微笑んで、小さく。でも確かに、頷いた。
1つのリュックサックに纏められた、最低限の荷物を確認しながら、彼女は携帯を水に沈めた。その上に重ねるように、私も携帯を沈める。
お互いの覚悟と意志の確認作業だった。
一緒に食事をした小さなテーブル。夜を過ごしたベッド。棚に並べられた写真。
「...怖い?やっぱりやめようか?」
散らばった思い出と感傷に浸る私に気付いた彼女が、心配そうに顔を覗き込んでくる。
少し弱気になってた心が、ぐっと現実に引き戻される。
『いや、違うよ。大丈夫、君がいれば私は平気だから。』
安心させるように微笑み、頬に口付けを落とす。
『私たち2人の結末を見届けてもらおうね。』
「うん。僕も君がいれば、何も怖くないから。」
彼女はまた嬉しそうににっこりと笑って、リュックサックのチャックを閉めた。
車に乗り込んで、彼女がマッチを取り出す。
『マッチなんか持ってたんだ。今時珍しいね。』
「煙草吸う時にマッチ使うと、ちょっと味違うんだよね。知ってた?」
『そうなんだ、知らなかった。今度試してみよ。』
『そんときは僕のマッチあげるね。』
彼女は煙草を咥えて、マッチを擦った。
私も1本抜き取り、ポケットの中のライターで火をつける。
薄暗い中、2人の煙草の火だけが、ぼおっと浮かび上がる。
半分くらい吸って、じゃあ行こうか。と彼女が笑った。
今思えば、世間の価値観とはあまり適応できなかった彼女はずっと「死」という救いに取り憑かれていたんだと思う。
僕という一人称や、少し人と違うテンポで進む会話。あまり動かない表情。拘りは強い割に自己主張の弱さ。
異質な空気を纏う彼女が、自分と違うものに対して凄く排他的な思春期真っ盛りの子達の中で、距離を置かれ、嫌がらせを受けるのにそう時間は掛からなかった。
彼女の両親は、彼女が虐められて不登校になってから、何度かの季節が過ぎた頃に2人で心中してしまった。
その知らせを聞いた時の事を酷く覚えている。
ザワつくクラスメイト。薄ら笑う声や困惑した声、その空気感に強い嫌悪感を覚えて、教室を飛び出した。
真っ直ぐ彼女の家に向かって、黄色いテープや青いブルーシート、近所の野次馬が目に入る。
走ったせいで荒くなった息を落ち着けながら、必死に彼女を探した。
どこにもいない。
涙が溢れそうな瞳を袖で擦りながら他の場所を探そうと顔を上げた瞬間。後ろから聞き覚えのある声がした。
「…_____?」
は、として後ろを振り向くと、不思議そうに首を傾げる彼女が立っていて、思い切り抱き着いた。
『どこに居たの。ねえ、大丈夫なの?ごめん。ごめん、私が何も出来なかったばかりに。こんな事になるなんて。』
栓が切れたように涙が溢れてきて、口からとめどなく言葉が流れ出す。
謝罪と、心配と。
必死に彼女を抱きしめる私の体を押しのけて、彼女は笑った。
「何をそんなに慌ててるの?僕は平気だよ。そんなことよりさ、」
私の首にある首吊りの跡を撫でながら小さな声で呟いた。
「僕と一緒に、逃げ出そうよ。」
死という概念をあまりにも身近に感じてしまったこと。
それが彼女にとって、全ての引き金になってしまったんだとおもう。
END
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