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パターン

テレビドラマ 60分 シナリオ

<登場人物>
赤西 亮介(35)……大手保険会社の事故調査員
黒柳 翔    (35)……スポーツカメラマン
白石 正哉(35)……カフェのオーナー店長
桃井 由香(35)……脳神経外科医
筑紫 啓吾(35)……麻酔科医
緑川 智子(32)……亮介の同僚・恋人
白石 美沙江(61)……正哉の母

○山の中の県道・俯瞰(午後)
   メタリックレッドのSUV車が一台、
   カーブの続く山道を走り抜け、やがて
   小さなトンネルへと入っていく。

○同・SUV車の中
   乗っている三人。助手席には、一眼レ
   フカメラを手にした黒柳翔(35)、
   後部座席では、白石正哉(35)が、
   膝の上で卒業アルバムを広げている。
   そして運転するのは赤西亮介(35)。

亮介のM「あの日、俺たち三人は、高校の同
 窓会に参加するため、東京から100キロ
 離れた故郷の町へと向かっていた……」

○県道・俯瞰
   トンネルから出てきた車が、また次の
   トンネルに向かって、いくつものカー
   ブをするすると走り抜けていく……。
亮介のM「思えばこの曲がりくねった山道が、
 果てしない迷宮への入り口だったのかもし
 れない……」

○同・SUV車の中
 テロップ『0日目』
   乗っている三人。
正哉「やっぱ、しちゃってるのかなぁ」
   と後部座席の正哉が悲壮な声を発する。
   写真には、屈託の無い笑顔で、ピース
   サインをしている17年前の三人と、
   同級生の桃井由香(18歳当時)が、
   仲良さそうに写っていて。
翔「そりゃあ、しちゃってるに決まってんだ
 ろ。あの由香だぞ。なあ亮介?」
亮介「どうかな。去年の内閣府の統計では、
 30代後半の既婚率は男が49%、女は6
 2%だけど」
翔「さすが保険調査員。数字がパッと出てく
 るねー(とまた撮る)」
正哉「でもそれ、由香が独身ってパターンも、
 4割近くはあるってことでしょ?」
亮介「まあ、そうだね。そういう俺たちも、
 統計に反してみんな独身だし、統計はあく
 まで確率を表す指標にすぎないよ」
正哉「けどなー、フェイスブックでもヒット
 しなかったし、ってことはやっぱり、結婚
 して名字が変わっちゃってるパターンじゃ
 ない?(とアルバムを抱きしめる)」
亮介「とにかく。そんなこと、考えるだけ時
 間の無駄だよ。バツイチとか、子持ちとか、
 可能性なんて、それこそ無限にあるんだか
 ら」
翔「そうそう。それにどうせ、明日、本人に
 聞きゃあわかることじゃねえか」
   と、卒業アルバムの上に投げてよこす
   案内状には『関東北高校・第21期生
   同窓会のお知らせ』と書かれている。
正哉「でもさ。最近……妙に考えちゃうんだ
 よ。もし17年前、俺たちの誰かが、あの
 誓いを破って由香に手紙を渡してたら……、
 今頃、どうなってたのかなって」
亮介「え……」
   と三人が、それぞれの可能性に思いを
   馳せた……その時!
   フロントガラスに真っ白い閃光が走り、
   眩しさに目がくらむ亮介。
   突如現れる急カーブ!
翔「危ない!」
亮介「うおォ!(と慌ててハンドルを切るが
 間に合わず)」
正哉「うわア!」
   ゆっくりと宙に舞う卒業アルバム。
   激しくスピンしながら滑っていく車、
   横転し、ガードレールに激突。

○横転した車の中
   血を流し、気を失っている三人。

○タイトル『パターン』

○県立K病院・外観(朝)
   大規模で近代的な、築浅の建物。

○同・病室
  テロップ『1日目・正哉の目覚め』
   頭に包帯を巻かれて、ベッドに眠って
   いる正哉。その瞼が微かに動き、薄く
   開かれる(とその視界)腕に繋がれた
   点滴のチューブ、点滅するモニター、
   そして、ベッド脇の椅子に座っている
   左腕に包帯をした人物……それは亮介。
亮介「正哉? 俺がわかるか? 亮介だ」
正哉「りょう、すけ……?」
亮介「(ホッとし)よかった。今先生を……」
正哉「……」
     ×  ×  ×(時間経過)
   医者とナースが、モニターの数値を確
   認し出ていくと、替わって正哉のそば
   にやってくる亮介。
亮介「(医者は)なんだって?」
正哉「軽い打撲と、脳しんとうらしい。俺、
 丸一日眠ってたんだな。事故の瞬間から、
 全く記憶がないんだけど……」
亮介「そうか……」
正哉「お前は、大丈夫なのか(その腕)?」
亮介「ああ。俺も軽い、打撲だけだ」
   と、包帯が巻かれた左腕を軽く持ち上
   げてみせる。
正哉「そうか。よかったなー。マジで俺、死
 んだかと思ったよー(と笑う)」
亮介「……(小さく笑う)」
正哉「で? 翔は?」
亮介「うん……(と目をそらす)」

○小さな寺の葬儀場(仏式の通夜)
   祭壇に『翔の遺影』。それを見上げ
   る正哉(喪服、頭には包帯)。
正哉「……(現実を受け入れ難く)」
     × × ×
   焼香の列の最後尾に並ぶ亮介を見つけ、
   その横に並ぶ正哉。
亮介「(気づき)よく退院許可取れたな」
正哉「翔の通夜なら、這ってでも来るよ」
亮介「だな……(と境内を見上げている)」
正哉「どうかした?」
亮介「……いや。俺は両親のことも、事故で
 亡くしてるからさ……。それに、昨日、運
 転してたのは、俺だし」
正哉「でも、警察が、お前に過失はなかった
 って、認めてくれたんだろ?」
亮介「うん……。誰が運転してたとしても、
 突然、あんな大きな岩が目の前に落ちてき
 たら、とても避けきれないだろうって」
正哉「え? 岩……? 岩って何のこと?」
     × × ×(フラッシュ)
   崖を転がってきた岩が、フロントガラ
   スに迫り、押しつぶされるイメージ。
     × × ×(フラッシュ終わり)
正哉「???(記憶と違うため混乱)」
   遠くに聞こえてくる誰かのヒソヒソ声。
声1「かわいそうに。まだ35ですって」
声2「お嫁さん、身重なのにねえ」
正哉「え……?」
   急に記憶が曖昧になり、混乱する正哉。
   すると隣の亮介が、
亮介「由香……?(と一点を見つめていて)」
正哉「え?(つられ見る)」
   と視線の先の喪主席に座っていたのは、
   桃井由香(35)で……、
正哉「嘘だろ……」
亮介「……(驚いている)」
   と、ふくらんだお腹に手を当てながら、
   しんどそうに座っている由香が、二人
   に気づいて……。

○同・会食場
   焼香を終えた弔問客に、通夜振る舞い
   のビールや寿司が振舞われている中、
   その人気のない一角で、正哉と亮介に、
   由香が話をしている。
由香「入籍は来月の予定だったから、まだ、
 正式な夫婦じゃ、ないんだけど……」
亮介「……そう、なんだ」
正哉「……(ショックで言葉もなく)」
由香「一昨年の春に、ばったり再会してね。
 それからなんとなく会うようになって……
 いろんな話、聞いてもらってるうちに……、
 お互いが初恋の相手だったってことがわか
 ったりして……」
正哉「え……?(とショックで)」
亮介「……」
由香「妊娠してるってわかったのが、3ヶ月
 前でね……ちょうどその頃、同窓会のハガ
 キが来たもんだから……。二人には、それ
 まで内緒にしとこうって、翔ちゃん……」
正哉「……!」
由香「二人が驚くとこ、動画で撮って、ユー
 チューブにアップしてやるんだって……。
 なのに、その同窓会が……、こんなんなっ
 ちゃって……(と、笑おうとするがうまく
 いかず)」
正哉「由香……」
亮介「……」
由香「ごめんね。よかったら、お寿司だけで
 も、食べてって……」
   と視線から逃げるように、去っていく。
正哉「……(物思い、ホワイトアウト)」

○関東北高校(正哉の回想・17年前)
   4階建ての古びた校舎。

○同・非常階段下
   高校生の三人が輪になって立っている。
   「じゃあここに」と、亮介が差し出す
   四角い缶に、『由香へ』と書かれた封
   筒(手紙)を、正哉と翔が、一人ずつ
   入れていき、最後に、亮介が入れて、
   缶の蓋を閉める。
亮介「よし。俺たちの三つの誓い、覚えてる
 な」
正哉「一つ。受験が終わるまでは、各自勉強
 に集中すること」
翔「二つ。由香への思いを綴ったこの手紙は、
 卒業式の日に、三人揃って由香に手渡すこ
 と」
亮介「三つ、由香がたとえ誰を選んだとして
 も、他の二人はそれを祝福すること」
     (回想終わり・ホワイトアウト)

○亮介の部屋(夜)
   テーブルの上に散乱している、弔い酒
   の空き缶。亮介が、柿ピーをつまむと、
   正哉が、さらに缶ビールを呷る。
亮介「おい。さすがに飲みすぎだぞ。一時退
 院の身で」
正哉「うっさいなー。亮介こそ、まだ痛み止
 め飲んでるじゃんか」
   と、手元の柿ピーを投げつける。
亮介「イテっ(と拾って投げ返す)」
正哉「翔の奴、何がユーチューブだよ」
   と、また投げ、
亮介「やめろ(と拾う)」
正哉「何が初恋だ、ふざけんな!」
   とまた投げるが、すっぽ抜け、転がっ
   た柿ピーが、そばの空き缶に当たり、
   コンッと間抜けな音を立てる。
亮介「……(手を伸ばし拾う)」
正哉「あいつ一人、死んじまうなんて……」
亮介「……」
正哉「こんな抜け駆け、あるかよ……」
   と泣いていて……。
亮介「……(投げ返せず、ただ柿ピーを持て
 余す……)」
     × × ×(時間経過・夜更け)
   ソファで眠ってしまっている正哉。
   その頬には涙の跡が残っていて。
亮介「……」
   正哉に、そっと毛布をかけてやる亮介。

○同・亮介の部屋(翌朝)
  テロップ『2日目・亮介の目覚め』
   亮介が、ベッドで目覚め、うっすら目
   を開ける。枕元の時計は9時05分。
   ソファの上で、毛布の塊が僅かに動く。
   亮介、それを横目に起き上がりカーテ
   ンから漏れる陽射に顔をしかめながら、
亮介「起きろ正哉、もう9時すぎだぞ……」
   と、毛布を剥ぎ、飛び退く。
亮介「うわア!」
   そこにいたのは、正哉ではなく翔で。
亮介「翔?!」
     ×  ×  ×(短く時間経過)
   眼鏡をかけた亮介、目の前で大きく伸
   びをする男の顔をまじまじと見て、
亮介「なんで居んだよ? お前、あの事故で、
 死んだんじゃなかったのかよ……」
   すると翔は、ぽかんとして
翔「は?」
亮介「だから俺は昨日、正哉と、お前の通夜
 に……。そうだ! 来月お前、由香と結婚
 するんだって? なんで黙ってたんだよ、
 水臭いよ、なあ正哉。あれ? 正哉はどこ
 だ?(と毛布をめくる)」
翔「ちょっと待て。お前さっきから、何言っ
 てんだよ?(と二日酔いに顔をしかめる)」
亮介「何ってだから、由香のお腹にはお前の
 子供がいて、春には生まれるって……」
翔「俺と由香に子供? だいたい、死んだの
 は正哉だぞ。俺じゃない」
亮介「正哉が……死んだ?」
   見ると、目の前にいる翔の右腕には、
   ギブスがはめてあり、
亮介「お前、その右腕、どうしたんだ?」
翔「だから、これも言っただろ? 開放骨折。
 全治2ヶ月だってさ」
亮介「全治、2ヶ月……」
翔「おい、お前、大丈夫か? やっぱり今日
 の告別式はやめといて、病院に戻った方が
 いいんじゃないのか?」
亮介「告別式……?」

○カトリック教会・献花式場(午後)
   祭壇に置かれた『正哉の遺影』。
   それは最上級の幸福に満ちた笑顔で。

○同・教会・中庭
   喪服に包帯の亮介と翔が入ってくる。
   教会に入っていく神父、『正哉の遺影』
   が置かれた祭壇に花を手向ける参列者
   達など、亮介は、状況を確かめるべく、
   その一つ一つに視線を走らせるが、
亮介「……どうなってんだ?(と、受け入れ
 られず戸惑うばかり)」
   と、やってきた参列者の中に、由香の
   姿を見つける。その隣には、長身の男
   筑紫啓吾(35)の姿もあり。
   亮介に気づきやってくる由香。ところ
   が、そのお腹は全く膨らんでいない。
亮介「?!(戸惑う亮介)」
由香「(やってきて)昨日はこれ、ありがと
 う。(と、封筒を差し出し)細かいのがな
 かったから助かったわ」
亮介「え……(と受け取り見ると、中には千
 円札が数枚入っている)」
由香「頭の具合はどう? まだフラフラして
 る?」
亮介「え? うん、まあ……」
   すると、隣の筑紫がふっと笑う。
由香「なに?」
筑紫「いや。ちょっと皮肉だなって」
亮介「?」
筑紫「だって、普通ならこんなにたくさんの
 同窓生が葬式に参列することなんてないだ
 ろ? けど、もし同窓会がなかったら、そ
 もそも彼の葬儀自体がないわけで」
亮介「(イラっときて)ごめん。お前、誰?」
筑紫「え……」
由香「やだ。昨日も紹介したじゃない。同じ
 北高にいた筑紫くん。今は私たち夫婦なの」
筑紫「筑紫啓吾だよ。君とは2年の時に同じ
 クラスだったはずだけど……って、あ、こ
 れも、昨日いったか」
亮介「!(怒)」
翔「わりい。こいつ、俺と昨夜、飲み過ぎち
 ゃって、記憶が錯綜してんだよ。な?」
亮介「……!」
由香「だめじゃないの、お酒なんて。めまい
 とか記憶障害とか、脳震盪は、お酒に酔っ
 た時の症状と見分けがつきにくいんだから。
 ちなみにこれは、元同級生だからじゃなく、
 脳神経科医としての助言だからね」
亮介「脳神経科? 由香、お前、医者になっ
 たのか?」
由香「もう、からかってるのね。とにかく、
 少しでも異変を感じたら、精密検査、受け
 てよね」
亮介「……うん」
翔「(教会から出てくる中年の女性を指し)
 あれ? お袋さんじゃないか? 正哉の」
   確かにそれは、亮介もよく知っている
   正哉の母親・白石美沙江(61歳)で。

○同・教会の中庭(別の場所)
   美沙江が一人になるのを見計らいなが
   ら、そっと近づく四人。
由香「おばさん?(と声をかけ)」
美沙江「(振り向く)」
由香「私たち、高校時代、正哉君と同じクラ
 スで……。この度は突然のこと……」
   ところが美沙江は、亮介の姿を見るな
   り顔を曇らせ、
美沙江「あんたのせいで正哉は死んだんね」
亮介「え?」
美沙江「スピードの出し過ぎが事故の原因だ
 って、さっき、警察から連絡があったんよ」
亮介「……スピードって、そんな馬鹿な! 
 悪いのは暴走してきた、あのトラックじゃ
 ないですか!」
翔「おい、どうした? なんだよ、トラック
 って?」
亮介「え……?」
美沙江「この期に及んでそんな言い訳!(と
 掴みかかり)あんたんせいさ! あんたが
 正哉を殺したんさ! あんたが……」
   とふらつき、由香に支えられる。
亮介「……!」
美沙江「お願い……、出てってちょうだい、
 お願いだから……(と泣き崩れる)」
由香「おばさん……!」
筑紫「……(おやおやと傍観)」
   いたたまれず、出て行く亮介。
翔「待てよ亮介!(と後を追って)」

○教会前の道
   教会から出てくる亮介を、捕まえる翔。
亮介「(振りほどき)どういうことだよ? 
 事故の原因が、スピードの出し過ぎって?」
翔「実は今朝、俺のところにも、警察から連
 絡があったんだ。ブレーキ痕の長さからし
 て、制限速度を30キロはオーバーしてた
 だろうって」
亮介「嘘だ! 悪いのは暴走してきたあの、
 トラックじゃないか。お前も見ただろ?」
     × × ×(インサート)
   暴走してきたトラックが、自分たちの
   乗ったSUV車に激突するイメージ。
     × × ×(インサート終わり)
翔「トラック……? それってもしかして、
 お前の両親が亡くなった、25年前の事故
 のことじゃないのか?」
亮介「え……」
翔「幸いお前は、その車には乗ってなくて、
 事故現場を見たことはないはずなのに、な
 ぜか時々、すごくリアルな夢になって出て
 くるって、お前、よく言ってたじゃないか」
   すると、亮介の脳裏に蘇るイメージ。
     × × ×(インサート)
   トラックに追突され大破した青い車。
   亡くなっているのは亮介の両親で……
     × × ×(インサート終わり)
亮介「確かに……。なんか混乱してるみたい
 だ。でも事故の原因は他に……」
   と眉間を抑え、思い出そうとする。
翔「(不機嫌に)そんなの、もうどっちでも
 いいよ」
亮介「え?」
翔「そりゃあ両親の事故がもとで、苦労して
 保険会社の事故調査員にまでなったお前が、
 無謀な運転なんかするはずがない。俺だっ
 てそう思ってるし、警察にもそういったよ。
 でも……」
亮介「……?(でも?)」
翔「原因が何であれ、死んだ正哉は生き返ら
 ないし、俺は2ヶ月、カメラを持てないん
 だぞ!(と悔しがる)」
亮介「翔……」
翔「来月の世界大会、結局、他の奴に譲るこ
 とにしたんだよ」
亮介「世界大会……?」
翔「だから、代表チームの海外遠征に、公式
 カメラマンとして、同行するって話だよ。
 昨日も言ったじゃないか。お前、聞いてな
 かったのかよ」
亮介「……ごめん、なんか俺、わかんないん
 だけど……」
翔「そうだよな。どうせお前には、わかりっ
 こないよな」
亮介「翔……」
翔「でもさ。こっちは怪我しても有給取れる
 サラリーマンとは違うんだよ。たとえ怪我
 が完全に治ったとしても、一度チャンスを
 逃したら、それで人生終わりなんだよ!」
亮介「ごめん。俺、そんなつもりじゃ……」
翔「!」
   いたたまれず、早足で立ち去る翔。

○翔のアパート・外観(夜)
   ライトアップされた特徴のある建物。

○同・翔の部屋
翔「……」
   何台ものカメラや名選手のパネル写真
   などが几帳面に並ぶ中、右腕にギブス
   をした翔が、左手でレンズの手入れを
   している。
   卓上のデジタル時計は
   『×月×日 23時54分』
翔「……くそっ」
   と、左手ではうまく出来ず、苛立つ。
     × × ×(リフレイン)
翔「どうせお前には、わかりっこないよな!」
     × × ×
翔「……(罪悪感)」
   カメラを置き、スマホを手に取る翔。
   大きくヒビが入った画面をタップし、
   開いたのは、数日前、同窓会用に作っ
   た三人だけの『LINEグループ・北
   高・同窓会』で、そこには、亮介、翔、
   正哉の3つアイコンと、事故前に三人
   が交わした『待ち合わせは新宿駅な』、
   『9時に』、『了解』スタンプなどの
   他愛もないやりとりが残っている。
翔「……」
   『さっきは悪かった』と、新たに打ち
   込むとすぐに『既読』が『1』になる。
   ……が、一向に返信は来ない。
   諦め、スマホを置きベッドに入る翔。
   すると間もなく、スマホのデジタル時
   計が『00時00分』になり、同時に
   『既読』が『2』に増える!
   が、翔はそれに気づかず、一人、眠り
   について……(ホワイトアウト)。

○北高の教室・中(翔の回想・17年前)
   休み時間。四人を含む複数の男女が、
   雑誌の手相特集を見て、騒いでいる。
由香「(正哉の手を握り)えーと、線がこっ
 ち側から出てるから……、正哉はドMね」
   と笑い、亮介が「それ当たってるわー」
   などと正哉をいじり、盛り上がる中、
翔「えー、どの線だよ?」
   と、自分の右手を広げ見る翔。すると
   由香が「どれ」と、その手を取り、
由香「(まじまじと見て)えっと、ここから
 出てる線は……、あ、両思い線だって」
翔「……え?」
由香「あ、私にもある!(と、自分の手のひ
 らを見せて、笑顔)」
翔「……なんだよそれ(と照れながらも)」
   ぶっきらぼうに手を引っ込めて。
     (回想終わり・ホアイトアウト)

○翔の部屋(朝)
  テロップ『3日目・翔の目覚め』
   自室のベッドで翔が朦朧と目を覚ます
   と、枕元に座って、翔の右手を握って
   いる女性……それは由香で。
由香「正哉の告別式、行ってきたよ。おばさ
 んが取り乱してて、可哀想だった」
翔「由香……? お前、なんでここに?(と
 目をこする)」
由香「亮介のお葬式は、親族だけの密葬にす
 るんだって」
翔「え?」
由香「遺骨は、遠い親戚に引き取られるそう
 だから、落ち着いたら早めに、お線香あげ
 に行こうね(翔の右手を放す)」
翔「ちょっと待て(と起き)、亮介まで死ん
 だって、それ、どういうことだよ?」
   と、由香の腕を掴み、自分の右腕から
   ギブスがなくなっていることに気づき。
翔「え? 俺のギブスは……?」
   一方、掴んだ由香の腕には、いくつも
   のアザや傷があって……。
翔「おい、そのアザどうした?」
由香「(隠し)なんでもないわ。ちょっとぶ
 つけただけよ(と立ち上がり背を向ける)」
翔「……!」
由香「正直言うとね……、死んだのが翔じゃ
 なくて、ほっとしてるとこ、あるんだ……」
翔「え……?」
由香「ごめん……。こんなこと言ったら、二
 人に叱られちゃうね。遅刻するからもう行
 くわ」
翔「ちょっと待てよ!」
   と飛び起き追うが、かまわず出ていっ
   てしまう由香。
   と、ベッドサイドで鳴り出すデジタル
   時計のアラーム。戻って止めると、
   日時は『×月×日の07時00分』。
翔「!(ハッとして、パソコンを開き)」
   検索で事故のニュースを見つけ、再生。
  (動画)× × ×
   事故直後の現場。大破した亮介の車。
   救急車へとストレッチャーで運ばれて
   いく三人(顔は写っていない)。
現場記者の声「乗っていた三人の内、一人は
 軽症、運転していた赤西亮介さん35歳と、
 同乗者の白石正哉さん35歳は、搬送先の
 病院で、まもなく死亡が確認されました」
     × × ×
翔「二人が、事故で死んだ……?!」
   テロップにも『2人死亡』と出ている。
   ハッとする翔、手近なカメラや上着を
   カバンに詰め、部屋を飛び出して行く。

○山の中の県道(事故現場・昼間)
   道端に停められているバイク。
   翔が写真を撮っている。その対象は、
   道路脇の切り立った崖の岩肌、アスフ
   ァルトに残る長いブレーキ痕、ガード
   レールに残るメタリックレッドの生々
   しい傷跡……、その先は急カーブで、
   花束や飲み物が供えてある。
翔「……(撮影を止め)」
   そこからの景色を眺める。眼下には、
   三人が高校時代を過ごした古い街並。
   そして遠くには、休耕田に新設された
   『広大なソーラー発電施設』が見える。
   翔がカメラを向けると、瞬間、強い光
   が反射して、思わず目をつぶる翔……。
     × × ×(フラッシュバック)
   助手席で、眩しさに目をつぶる翔。
     × × ×(フラッシュ終わり)
翔「確かあの時も……」
   と、思った途端、記憶が曖昧になり、
   眉間を押さえ、頭を横に振る翔。
   すると、岩場の影から、そんな翔を見
   つめている何者かの人影があって……。

○翔のアパート・特徴的な外観(夜)

○同・廊下
   フルフェイスのヘルメットをかぶった
   男が歩いてきて……。
   翔の部屋の前で立ち止まり、ヘルメッ
   トを脱ぐと、それは翔で……。
   背後に忍び寄る人影……。
   玄関ドアに鍵を差し込む翔。
   鈍い音。
翔「うっ!」
   頭を抱え、膝から崩れ落ちる翔。
   薄れゆく意識の中に見えたものは……、
翔「筑紫……?」
   去っていく長身の男の後ろ姿だった。
     (ホワイトアウト)

○北高・外観(回想・17年前・秋)
   秋の快晴。4階建ての古びた校舎。
   校庭から聞こえてくる歓声(先行して)

○同・歓声に沸く校庭
   青空の下、白熱している男子の騎馬戦。
   応援に盛り上がる女子たちの中に由香。
   それぞれ白組の騎馬に乗った三人が、
   紅組の大将(筑紫)と正面から激しく
   競り合っている、と亮介が落馬、しか
   しその隙に、素早く背後に回り込んだ
   翔が、大将の兜札を奪って勝利!
   正哉と翔の二人が「イェーイ」と騎馬
   上でハイタッチする中、傷めた腕をさ
   すりながらゆっくり起き上がる亮介。
   ふと見ると、応援席の由香が、最上級
   の笑顔で、亮介に拍手してくれている。
亮介「……(嬉しく)」
   痛さに勝る幸福感に包まれて……。
     (回想終わり、ホワイトアウト)

○亮介のアパート・玄関前(朝)
  テロップ『5日目』
   玄関前に倒れている男……それは亮介。
   目を覚まし、身体中に痛みを感じなが
   ら起き上がるが、記憶がなく、
亮介「うッ(二日酔いかと顔をしかめる)」
   落ちているスマホ。拾って見ると、
   LINEグループ画面に『(翔から)
   さっきは悪かった』のメッセージ。
   『既読』は『1』になっていている。
     × × ×(リフレイン)
翔「どうせお前には、わかりっこないよな!」
     × × ×
亮介「……(思い出す)」

○同・亮介の部屋(バスルーム)
   シャワーを浴びている亮介。
亮介「(傷に沁みて)痛てっ」
   鏡に映る体には無数の傷やアザがあり
亮介「肋骨も顔も無事ってことは、エアバッ
 グが開いたのか……、こっち(右腕の傷)
 はおそらく、ガラスだな……」
   と職業柄、自分が運転中に事故ったこ
   とだけは判るが、詳細は思い出せない。
   と、頭から顔に滴る泡がわずかに赤く、
亮介「……ん?」
   と痛みとともに脳裏に浮かぶイメージ。
     × × ×(インサート)
   誰かに殴られ、膝から崩れ落ちる亮介。
   薄れゆく意識の中、見上げると、そこ
   に立っていたのは、白衣姿の由香で。
亮介「由香……?」
   両手で顔を覆い、踵を返し去っていく
   その瞬間、ちらり見えた由香の腕には、
   古いアザや傷があって……。
     × × ×(インサート終わり)
亮介「なんで由香が、俺を……?」
   脱衣所の鏡を前に、記憶を辿っている
   亮介。しかし、何も思い出せない。
   するとそこにインターフォンが鳴り、

○同・亮介の部屋・玄関
   急いで服を着ながら出てきた亮介が、
   ドアを開けると、由香が立っている。
亮介「由香……!」
   驚く亮介……。

○同・亮介の部屋・リビング
   ソファに座っている由香。
由香「急にごめんね。この間、翔と正哉の告
 別式では、ずいぶん取り乱してたみたいだ
 ったから、なんだか心配になっちゃって」
亮介「二人が、死んだ……?」
   戸惑う亮介の顔をまじまじ見て、
由香「やっぱり……」
亮介「え……?」
由香「それ、典型的な逆行性健忘症ね」
亮介「逆行性、けんぼうしょう……?」
由香「心因性の記憶傷害よ。あなたの脳は、
 二人があの事故で即死したっていう事実を、
 受け止められずにいるの」
亮介「……(ハッとして)」
   とっさに由香の袖をめくる亮介。
由香「何?!」
   しかしそこにはアザも傷もなく……。
亮介「?!……(ハッとして)」
   スマホを見ると、LINE画面からは、
   さっき見たはずの翔からのメッセージ
   がなくなっていて、三人のやり取りは
   事故の前で終わっている。
亮介「……!(どうなってるんだ?)」

○W保険本社(亮介の勤め先)・外観
   硬派な外壁の本社ビル。

○同・上層階・オフィス
   入り口に『車両事故調査部』とある。

○同・車両事故調査部・奥の会議室
   亮介が、壁に設えた『ホワイトボード』
   を眺めている。ボードには(亮介が過
   去に担当した)4件の事故の写真……。
   1つ目は、《亮介の両親が死んだ事故
   に似たトラックと青い乗用車の事故》、
   2つ目は《猛スピードで壁に衝突し、
   大破した白いセダン》、3つ目は《大
   きな落石で前半分が潰れた軽自動車》、
   そして4つ目は《急カーブで横転した
   亮介の赤いSUV車》の写真である。
亮介「……」
   その写真を手に取り、何か思い出そう
   とするが……ダメで。眼鏡をはずし、
   眉間を手で揉む。
   すると、そこにノックして入ってくる
   事務職員の緑川智子(32)。
智子「どう? 少しは思い出せた?」
   とコーヒーと小さなチョコを差し出す。
亮介「(受け取り)いや。やっぱり事故で頭
 を打ったせいなのかな。両親が死んだ25
 年前の事故や、過去に俺が担当した事故の
 イメージが、今回の事故の記憶と、ごちゃ
 混ぜになっちゃってるみたいなんだ」
智子「心因性の、記憶傷害?」
亮介「ああ。でもそれは、あくまで由香の医
 者としての意見だよ」
智子「え?」
亮介「……わからないけど、俺には、ただそ
 れだけじゃないって気がするんだ。矛盾っ
 ていうか、違和感っていうか。今回の事故
 には、何か裏があるような気がして仕方が
 ないんだよ。死んだ二人のためにも、それ
 を明らかにしないと……」
智子「そうね……(と目を伏せる)」
亮介「ああ……(とコーヒーを飲む)」
智子「ところで……、その由香さんのことは、
 いつ私に話すつもりだったの?」
亮介「……え?」
智子「亮介とは、小学校からずっと一緒だっ
 たんでしょ? もしかして、初恋の人、だ
 ったりして?」
亮介「……由香は、そんなんじゃないよ」
智子「ふーん(と、ドアへ)」
亮介「なに?」
智子「とりあえずは、私の存在を覚えててく
 れたから、それでよしとしてあげる」
   と、亮介の肩に触れ、微笑み出て行く。
亮介「……(チョコを手に、回想へ……)」
     (ホワイトアウト)

○亮介の実家(亮介の回想・25年前・夕)
   築十年ほどの一軒家に『赤西』の表札。
  テロップ『25年前』

○同・玄関(中)
   しんと静まり返った玄関に、インター
   フォンが鳴り、奥から出てくる小学生
   の亮介(10)。玄関ドアを開けると、
   小学生の由香(10)が立っている。
亮介「由香……(意外で)」
由香「ご両親の事故のこと……、先生から聞
 いたよ……。大丈夫……?」
亮介「……うん」
由香「……あのこれ(と赤い袋を差し出し)」
亮介「……(表情なく受け取る)」
由香「……来週は学校、来られるよね……?
 みんな……、待ってるから(と踵を返す)」
亮介「……」
   すると、数歩行って、振り返る由香。
由香「それ……、義理チョコじゃ、ないから」
亮介「……え?」
由香「ごめん、なんでもない」
   と、逃げるように去っていく。
亮介「……」
   すると急に、様々な思いが涙とともに
   こみ上げてきて、止まらなくなる亮介。
   それをぐいっと手の甲で拭い、もらっ
   た袋に目を落とすと、そこには、あの
   四角い缶が入っていて……。
亮介「……」
     (回想終わり・ホワイトアウト)

○県立K病院・病室(午前)
  テロップ『6日目』
   計器に表示されている血圧や心拍数。
   その数値がわずかに揺らぎ始め……、
   ベッドの亮介がうっすら目を開けると、
   そばで正哉と翔が顔を覗き込んでいて
正哉「おい亮介、起きろ!」
翔「亮介!」
亮介「(二人の顔を見比べ)なんだよ……、
 今度は俺が、一人病院で眠ってたってパタ
 ーンか……(と目をこすり起き上がる)」
   するとそれを聞いた翔が、隣の正哉と
   顔を見合わせ言った。
正哉「だけど、今日は三人とも、生きてるパ
 ターンだぞ」
亮介「え? それって……、もしかして、お
 前らもなのか?!」
正哉「ああ」
翔「ああ(と苦笑)」

○同・談話室(時間経過)
   窓際のテーブル席に陣取っている三人。
   テーブルには紙コップのお茶。
亮介「つまり、事故以来、目覚めるたびに前
 の日と違うパターンになるっていう現象は、
 この5日間、俺たち三人に共通して起きて
 たってことか(と手元のウラ紙を見る)」
   そこには、二人から聞き取った事柄が
   言葉や図でメモされていて。
翔「けど、俺たちの記憶には、共通してる
 事と、してないことがあるよな」
亮介「ああ。それぞれの世界で起きたことは、
 他の世界での出来事とは、必ずしも辻褄が
 合ってないみたいだ……」
正哉「なんでこんなことになってるんだ?
 まさか、この先も続くわけじゃないよな?」
亮介「どうかな。時間や日にちは着々と進ん
 でるみたいだし、今日が事故から6日目だ
 ってことは、確かだけど」
   と、壁の日めくりカレンダーを見る。
翔「仮に、もし続くとすると、それぞれが、
 死んでる、生きてる、眠ってるの3パター
 ンだから、全部で27パターンか」
亮介「いや、それだけじゃないよ。目覚める
 場所や時間、それ以外の細かい違いまで入
 れたら、それこそ可能性は、無限大だ」
正哉「じゃあ、次にこうやって三人が揃うの
 は、何日後だよ?」
翔「それも不明だ。今まで出現したパターン
 には、これといった規則性は、見当たらな
 いからな」
正哉「マジかよ。どうやったら終わるんだよ」
亮介「まずは事故の原因を探ってみないか?」
正哉「え?」
亮介「だって、原点はあの事故だろ。事故の
 真相がわかれば、俺たちが毎日違うパター
 ンを体験していることの意味も、わかるん
 じゃないかな?」
翔「確かに」
正哉「でもどうやって?」
亮介「俺は、会社のツテを使って、事故の調
 査資料を当たってみるよ」
翔「じゃあ俺は、もう一度事故現場に行って、
 写真を……」
   と、言い終わらないうちに、猛烈な睡
   魔に襲われ、机に突っ伏してしまう翔。
亮介「翔、どうした……?(と言いながら、
 同じく睡魔に落ちてしまう)」
   その手には、紙コップのお茶。
正哉「!(ハッとして、給茶器を振り返る)」
   が次の瞬間、正哉にも猛烈な睡魔が襲
   いかかり、同じくテーブルに突っ伏し
   てしまう……。そして、その薄れゆく
   視界の中に見えたものは……、
正哉「由香……?!」
   白衣の女性が去っていく後ろ姿だった。
     (ホワイトアウト)

○カフェ『初恋』外観と看板(朝)
  テロップ『7日目』
   店内の、賑やかな声や音楽が先行して。

○同・店内
   明るく賑わう店内。10代から40代
   の女性客たちが、インスタ映えしそう
   なパンケーキや、エッグベネディクト
   の朝食をそれぞれに堪能している。

○同・2階の事務所兼住まい(居間)
   パソコン画面で事故のニュース記事を
   読みながら、電話している正哉。
正哉「(電話の相手に)それじゃあ二人は、
 一週間もずっと、昏睡状態なんですか?!
 ……え? 僕? ああ、僕はもう大丈夫で
 す……、いえ、はい。……お忙しいところ、
 ありがとうございました」
   と、電話を切り立ちあがる。

○同・1階・廊下
   正哉、2階からドタバタと降りてきて、
   母親の美沙江と出くわし、
正哉「ちょっと出かけてくる(と出て行く)」
美沙江「ちょっとって正哉!(と見送って)」

○同・1階・カフェ厨房
美沙江「(入ってきて)あの子、また出かけ
 ちゃったわよ」
   と、声をかけた相手は由香で。
由香「(振り返り)そうですか……」
   と、手際よくパンケーキを裏返す。
美沙江「毎朝目覚めるたんびに、世界が違う
 パターンになってるだなぁんて、よっぽど
 打ち所が悪かったんかねえ」
由香「……(苦笑)」
美沙江「真面目な話、一度、大きな病院で診
 てもらった方がいいかもしらんねえ」
由香「ええ……(と陰りのある表情で)」

○県立K病院・病室
   翔と亮介が、隣り合ったベッドで昏睡
   している。それぞれに繋がれた計器が
   ピッピ、ピッピと、まるで輪唱するよ
   うな反応を始める。と、それを見つけ
   る医師(後ろ姿)。それは筑紫で。
筑紫「……(舌打ちし)」
   注射器で、それぞれの点滴に何かを注
   入し、計器の反応が戻ったのを確認す
   ると、無表情で病室を出て行く。

○同・病室前の廊下
   コンビニ袋を手にやってくる正哉。
   病室から出てきた筑紫とすれ違い、
正哉「ん……?(振り返り)今のは確か……
 (思い出せず)誰だっけ……?」

○同・病室
   入ってくる正哉、
正哉「おーい、聞こえてるかー?」
   と、順番に二人の体を揺すってみるが、
   どちらも反応無しで。
正哉「まあいい。俺、いいこと考えたんだ」
   と、コンビニ袋から、焼きそばパンと
   エナジードリンクを取り出し、
正哉「要は二人が起きるまで、俺が寝なきゃ
 いいんじゃね?(と焼きそばパンを齧る)」
   窓の外に広がる故郷の街並み。
   その中に、赤くて丸い屋根が見えて。
     (ホワイトアウト)。

○北高・学食(正哉の回想・17年前・昼)
   赤い屋根の学食へと続く廊下(俯瞰)。

○同・学食に続く廊下
   由香が歩いてくると、その前方から、
   たくさんの焼きそばパンを抱えた正哉、
   亮介、翔の三人が、ドタバタと走って
   くる。
由香「こら、買い占め禁止!」
   と避けながらいうと、すれ違いざま、
   正哉が、パンを一つ投げてよこし、
由香「……え!(驚き、辛うじてキャッチ)」
正哉「……(ニッと笑い、去っていく)」
由香「もう!(と見送って)」
     (回想終わり・ホアイトアウト)

○県立K病院・元の病室(時間経過・夜)
   壁の時計は『夜の11時56分』。
   眠気覚ましの体操をしている正哉。
   2台並んだベッドには、計器に繋がれ
   た亮介と翔が、なおも昏睡状態で。
   正哉、時折、眠気を吹き飛ばそうと、
   自分の頬を叩いたりする。
     × × ×(時間経過)
   壁の時計が『12時01分』を指し、
   ベッドで眠っていた翔が目を覚ますと、
   正哉はおらず、3台あるベッドのうち、
   残り2台のベッドは空で、その一方に
   は、コンビニの袋が置いてある。
翔「?(となり、中を見ると)」
   食べかけの焼そばパンが入っている。
翔「なんで焼きそばパン? しかも食べかけ
 かよ」

○W保険会社・オフィス内会議室(午後)
  テロップ『12日目』
   亮介と翔が(その日に集めた)いくつ
   もの《写真》を『ホワイトボード』に
   掲示し、情報を整理している。
   《写真》山の中の県道、事件現場に残
   されたブレーキ痕、大破したSUV車、
   GPS追跡機、広大なソーラーパネル
   施設、崖の上の足跡、そして、パラボ
   ナアンテナ状の集光機。
亮介「茂みで見つかったこの集光機を使って、
 誰かが故意に事故を引き起こした……それ
 だけは、ほぼ間違いないな」
翔「ああ。でもいったい誰がそんなことを?」
亮介「それはまだわからないけど、俺が思う
 に、すべてのパターンに共通して登場する
 人物がカギなんじゃないかな」
翔「すべてのパターンに登場……? って、
 まさかお前、由香が犯人だっていうのか?」
亮介「そうは言ってないけど……」
翔「つうか、なんで由香が、俺たちを殺さな
 きゃなんないんだよ?」
亮介「だから、あくまで、可能性の話だよ。
 それより、問題はどうやってこの情報を、
 三人が共有するかだ」
翔「共有?」
亮介「ああ。次に目覚めた時、たとえそれが
 誰と誰のパターンだったとしても、効率良
 く続きから調査を始められるようにな」
翔「なるほど。それなら、三人しか知らない
 秘密の場所に隠すっていうのはどうだ?」
亮介「秘密の場所?」
   すると、翔が開いて見せたのは、あの
   卒業アルバム……
亮介「(閃き)あそこか!」
   四人がピースして写っている写真。
   その背後には、特徴ある一本松が写っ
   ていて……(オーバーラップ)

○特徴ある一本松(がある裏山・夕)
   17年前よりも幹が太くなってはいる
   が、その特徴は変わっていない。
   大きなスコップを手にやってきた亮介
   と翔。一本松を確認し、慣れた足取り
   で裏山の方へと歩みを進める。

○同・裏山の洞窟前
   やってくる亮介と翔。ところが、地面
   には、最近掘り返した形跡が!
亮介「おい……」
翔「くそッ。誰かに先を越されたか?」
亮介「とにかく掘ってみよう」
   と二人掛かりで掘り始めると、間も無
   く固いものに掘り当たり、最後は手で
   掘りあげると、それは『あの缶』で。
翔「あったぞ……!」
亮介「中身は?」
   翔が、恐る恐る開けてみると、中には、
   17年前に入れた3通の封筒が入って
   いる。取り出すと、いずれも未開封で。
   ホッと顔を見合わせる亮介と翔。
   ところが、缶の底にはさらに、何かが
   入っていて、翔が取り出して見ると、
   それは、エビフライ……の、食品サン
   プルで……。
翔「なんだこれ……?(と亮介に渡す)」
亮介「もしかして(とエビの尻尾を引っ張り)
 USBメモリーだ!」

○洞窟近くの道路(夜)
   街灯の下に停められた翔のバイクに、
   2つのヘルメット。
   亮介が鞄からノートパソコンを取り出
   し、エビフライ型のUSBメモリーを
   差し込むと、自動再生される動画。
   そこに写っていたのは……
動画の正哉「(カメラ目線で)おはようさん。
 もしこれを、お前らが二人で見てるなら、
 俺は今頃、病院で眠ってるか、死んでるパ
 ターンだよな」
亮介「……やっぱり」
翔「あいつも同じこと考えたんだな」
   と、二人顔を見合わせ苦笑。
動画の正哉「今日は×月×日、時刻は23時
 37分だ。俺は今朝、元サッカー部の吉田
 に会ってきた。吉田は数年前に警察をやめ
 て、今は探偵をやってるんだ。で、そいつ
 に調べてもらったんだけど、俺たちの同級
 生だった筑紫啓吾って奴が、一時期由香の
 夫だったことは、まず間違いない……」
亮介「……筑紫啓吾?」
翔「俺たちの同級生だよ」
動画の正哉「あいつ、もともとは、由香と同
 じ病院の、麻酔科医だったらしいぞ」
亮介「麻酔科医……?!」
動画の正哉「俺もそこは、もっと詳しく話し
 たいところなんだけど、日付が変わるまで
 もう時間がないから、あとのことはファイ
 ルを見てくれ。尚……、このビデオは再生
 後、自動的に消滅……はしない(と笑い)、
 何度かのパターンで確認してみたから間違
 いないと思うぞ。では諸君の健闘を祈る!
 (と敬礼し、動画が終わる)」
翔「(笑い)ったく、ふざけやがって」
亮介「でもこれは、大きな前進だよ」
   とUSBメモリーを缶に戻して……。
     (ホワイトアウト)

○北高・外観(回想・17年前・朝)
正哉の声(先行し)「えー、留学?!」

○同・教室
   窓際の一角に、座っている四人。
由香「父親の仕事の都合でね、家族でシアト
 ルに引っ越すことになって」
亮介「……大学はどうするんだよ? 慶明の
 推薦、内定したばっかじゃないか」
由香「私も残念だけど、こうなったら向こう
 でもう一年勉強して、来年は、第一志望の
 医学部にチャレンジしてみるつもり」
翔「なるほど、それもいいかもな」
亮介「卒業式には、出られるんだろ?」
由香「どうかな。引越は3月の予定だから」
正哉「3月か……」

○裏山・洞窟の中(夕)
   スコップを持った三人が、地面に穴を
   掘っている(以下「……」で土を掘っ
   たり被せたりしながら)。
翔「これで……よかったんだよ……」
正哉「時差17時間の……遠距離恋愛なんて」
亮介「俺たち浪人組には……毒でしかない」
   と、『あの缶』を穴に埋め、
翔「でも、こうして……埋めちゃえば……」
正哉「誰も傷つかずに……済む」
亮介「……とか言ってる時点で俺たち」
翔「……終わってるよな(と汗を拭い)」
   苦笑する三人の顔が夕陽に照らされて。
     (回想終わり・ホワイトアウト)。

○同・洞窟の中(昼)
  テロップ『14日目』
   《写真》や《資料》などのパーツが貼
   り付けられた『ホワイトボード』を、
   洞窟の中に持ち込む亮介。
    × × ×(オーバーラップ)
  テロップ『17日目』
   『ボード』に情報を加えていく正哉。
     × × ×(オーバーラップ)
  テロップ『21日目』
   『ボード』から、不要な情報を削って
   は、組み替えていく翔。
     × × ×(オーバーラップ)
  テロップ『23日目』
   『ボード』を指差しながら、亮介が、
   正哉に説明をしている。
     × × ×(オーバーラップ)
  テロップ『29日目』
   『ボード』を指して、今度は正哉が翔
   に説明をしている。

○同・洞窟の中(昼)
  テロップ『31日目』
   事件の概要が掲げられた『ボード』に、
   亮介が、最後のパーツとなる《白衣姿
   の由香の写真》を貼り付けると……
翔「これでようやく、全容解明だな」
亮介「だけど俺たちがまさか、こんなことに
 巻き込まれてたとはな」
   と、『ボード』に浮かび上がったある
   一つのパターン(相関図)を、感慨深
   く見上げる亮介と翔。
亮介「次は36日目か……」
翔「その時までこのボードは無事なのか?」
亮介「いや。たぶん、跡形もなく消えてるだ
 ろうな」
翔「え……」
   と、そこに背後から近づいてくる懐中
   電灯の光……に二人が振り返ると……、
   それが眩しい閃光に変わって……
     (ホワイトアウト)

○北高・校門前(回想・17年前・朝)
   満開の桜と『卒業式』の立て看板。
   体育館からは『仰げば尊し』の合唱が
   聞こえてきて……。

○同・渡り廊下
   後輩の女子から、呼び出された正哉が、
   照れながら、第三ボタンを差し出すと、
   相手が泣き出し、パニックになる正哉。
   それを遠目に見て、クスクス笑ってい
   る翔と亮介。二人をたしなめる由香。

○桜咲く土手の通学路
   桜をバックに写メを撮ったり、最後の
   プリクラ交換をしている卒業生たち。
   その一角、青空を見上げ、土手の芝生
   に寝転ぶ亮介、翔、正哉の三人。
   そのすぐ上を、由香を含むミニスカー
   トの女子たち数名が駆け上がって行く。
正哉「……見えた!」
亮介「……見えてない」
翔「……いや、見えただろ!」
   と笑い出す三人。この上なく楽しそう
   な、幸福に満ちた笑顔で……。
     (回想終わり・オーバーラップ)

○県立K病院・病室(朝)
  テロップ『36日目』
   三台並んだベッドに、前シーンと同じ
   順番で、昏睡している亮介、翔、正哉。
   看護師が入ってきて、モニターを順番
   にチェックし、カルテに記録していく。

○同・医局
   掲げられた3枚のCT画像(脳)。
   白衣の由香が、年配の医師(教授)に、
   カルテを見せながら意見を聞いている。
教授「入院してから何日経つかね?」
由香「今日で、36日目になります」
教授「ということは、もう5週間以上、四肢
 にも眼球にも反応がないのか……。となる
 と、残念だが、回復は絶望的だろうね」
由香「ええ……(と暗く)」

○同・三人の病室
   作業を終え出て行こうとする看護師。
   と、突然、心電図モニターのアラーム
   が、3台同時に「ピー」と鳴り出し、
   心電図モニターがフラットになる。
看護師「!(驚き)」
   大慌てで、走り出ていく。

○同・病室
   ドアが開き、由香が駆け込んでくると、
   「ピー」というアラーム音が、病室中
   に鳴り響き、心電図モニターは3台と
   もフラットになっている……。が、
   ベッドの端には、亮介、翔、正哉が、
   談笑しながら腰掛けていて……。
由香「え?!」
   由香に気づき、一斉に振り向く三人。
正哉「まったく、水臭いよな」
翔の声「なんで一言、相談しなかったんだよ」
亮介の声「俺たちでよければ、いつでも力に
 なったのに」
由香「! ちょっと、何言ってるの? あな
 たたち、36日も昏睡状態だったのよ!」
翔「んなこたあ、知ってるよ」
由香「え?」
亮介「それは俺たちにも、わかってるんだ」
   ただ驚き、唖然とする由香。
正哉「それじゃあ、早速、行ってみるか?」
亮介「いや無駄だ。あそこにはもう何もない」
正哉「え……?」
翔「だから。三人ともずっと眠ってたこの世
 界には、あのボードもUSBメモリーも、
 存在しないってことだよ」
正哉「……じゃあ、どうするんだよ?」
亮介「問題ないよ。ボードに掲げたパターン
 なら、俺たちのココ(頭)に、ちゃんと入
 ってるじゃないか? だろ?」
翔「ああ」
正哉「でも、一日で、あれだけの証拠を集め
 直せるのか?」
翔「それはもう、やるしかないだろ」
正哉「絶対に今日で終わせなくちゃ」
亮介「ああ。俺に一つ、考えがある」
由香「ちょっと待って。三人とも、いったい、
 何の話をしてるの?」
亮介「ごめん。由香には、全部終わってから
 説明するから」
翔「とりあえず、退院許可がいるな」
正哉「それから着替えもね」
由香「……(わけがわからない)」

○G県警・××警察署・外観(夕)
   入っていく亮介、翔、正哉の三人。
   それぞれに、書類や写真、証拠の品を
   抱えている、

○県立K病院・外観(夜)
   しん……と静まりかえっている。

○同・病室前(廊下・夜)
   壁の時計が『23時42分』を指した
   ところに、筑紫が人目を気にしながら
   きて、すーっと病室に入っていく。

○同・県立K病院・病室
   入ってきた筑紫が、慣れた手つきでポ
   ケットから薬品と注射器を取り出し、
   点滴チューブを手に取る。
   と、それぞれのベッドで待ち構えてい
   た三人がガバッと起き上がり
筑紫「……な! なんで、お前ら!」
   と驚く筑紫から、正哉が薬品を奪おう
   とすると、亮介を突き飛ばし逃げよう
   とする筑紫。しかし後ろに回りこんだ
   翔が挟み撃ちにし、腕をねじ伏せる。
   そこに由香が、警備員を連れて現れて、
   「やめろ! 放せ!」と暴れる筑紫を、
   警備員が二人掛かりで連行していく。
由香「大丈夫?(と、亮介に駆け寄る)」
   と、起き上がる亮介。
亮介「まだ健在だったな」
由香「え?」
亮介「俺たち白組のコンビネーション」
   と、翔と正哉にハイタッチする。

○同・県立K病院・警備室前の通用口
   県警の警察官に連行されていく筑紫。
筑紫「放せ! 悪いのはあいつらだ! 俺は
 由香を、誰よりも愛してるんだー」
   などと喚き散らしながら……。

○同・県立K病院・談話室(数日後・朝)
   大型テレビに映し出されている筑紫の
   ニュース。それを観ている正哉、亮介、
   翔、そして由香。
亮介「警察も、あれだけ物的証拠が揃ってい
 れば、殺人未遂で十分立件できるってさ」
翔「まずは一安心だな」
正哉「でもまさか、あの同窓会が、俺たち三
 人を招集するためだけに、計画されたもの
 だったとはね」
     × × ×(インサート)
亮介(声)「筑紫は、離婚後も、由香を執拗
 にストーキングしているうちに……」
   医局で由香の持ち物を漁っている筑紫
   が、引き出しの奥から一枚のスナップ
   写真を見つける。とそれは、あの卒業
   アルバムと同じ、四人の記念写真で。
筑紫「……(憎しみに顔を歪ませて)」
     × × ×(インサート終わり)
亮介「由香が、急に離婚を切り出したのは、
 卒業から十何年経った今も、三人の内の誰
 かに、想いを残しているからだと思い込ん
 だ。それがどうしても許せなかったんだっ
 て、本人が供述してるらしいよ」
正哉「だからって、いっそ三人まとめて殺し
 ちゃおうなんて、どうかしてるよな」
翔「……ああ」
     × × ×(インサート)
   崖の上に立つ筑紫。パラボナアンテナ
   を加工した集光器を使って、ソーラー
   パネルに反射した太陽光を集め、眼下
   の山道をやってきた亮介の車へと照射。
   途端にスピンし、横転するSUV車。
   崖の上の筑紫、それを双眼鏡で確認し、
   不敵な笑みを浮かべる。
     × × ×(インサート終わり)
亮介「おまけに、俺たちが昏睡状態になった
 とわかったら、今度は少しずつ薬を盛って、
 覚醒を阻止してたっていうんだから」
翔「まったく、タチが悪いよ」
     × × ×(インサート)
   病室。ベッドで寝ている三人の点滴に
   筑紫が薬剤を注射しているが、途中、
   看護師が入ってきて、正哉の分だけが
   未遂に終わる。
     × × ×
正哉「(由香に)で、誰だったんだよ?」
由香「え……?」
正哉「その、由香がずっと、想いを残してた
 相手っていうのはさあ」
亮介「……(由香を見る)」
翔「……(由香を見る)」
由香「……やだ(動揺し)、だからそれは、
 単にあの人の思い込みだってば」
正哉「そうなの?」
由香「……ごめん」
正哉「……げっ、謝られた」
亮介「(笑う)」
翔「(笑う)」
   少し改まって三人に向き直る由香。
由香「ほんとに……ありがとう。今までは、
 あの人がいつ現れるかって、正直、気が気
 じゃなかったけど……、みんなのおかげで、
 今日からは安心して眠れそうだわ」
亮介「礼をいうなら俺たちの方だよ」
翔「由香が、優秀な脳神経科医として、俺た
 ち三人の命を救ってくれたんだから」
由香「(微笑み)脳神経科医といえばね、私
 からみんなに、見せたいものがあるの」
正哉「見せたいもの?」
亮介・翔「……?」

○同・K大学病院・カンファレンス室
由香「みんなから聞いた話を、私なりに整理
 してみたんだけど……」
   と、プロジェクターで、スクリーンに
   画像や図解を映し出す。
由香(声)「人は、実際に見聞したもの以外
 にも、願望や不安、推測や理論など、いく
 つもの概念(イメージ)(イメージ)を頭に
 浮かべては、取捨選択しているの……」
翔「取捨選択……?」
  《以下、図解や映像を適宜挟みながら》
由香「といっても実際は、自分の意思で選ん
 だり、捨てたりしているわけじゃなくて。
 もともと、相関関係がなく『意味』を成さ
 ないイメージを、人は記憶することができ
 ないから、毎日の睡眠の過程で、そのほと
 んどが、辻褄の合わない夢として、強制的
 に捨てられていっちゃうのよ……」
  《図解や映像》
由香「でも、そうやって捨てられた、思考や
 イメージの断片は、完全に消えて無くなる
 わけではなくて、脳の中の『ゴミ箱』のよ
 うなモノに、しまわれているの」
  《図解や映像》
亮介「つまり、人間が想像しうる『いくつも
 のイメージ』は、データとして、脳の中に
 存在し続けてるってこと?」
由香「その通りよ。だけど、事故や心理的シ
 ョックなんかで、強いストレスを受けると、
 脳の中が、ちょうどゴミ箱をひっくり返し
 たようになって……」
  《図解や映像》
由香(声)「全く辻褄の合わない事柄や、実
 際には経験していないイメージを、現実と
 して認識してしまうことがあるのよ」
亮介「実際には経験していないこと……」
  《翔の通夜で妊娠した由香に驚く正哉》
  《両親のトラック事故を想像する亮介》
  《由香の腕にアザを見つけ指摘する翔》
由香「でも、それらのイメージはみな『主観』
 であって、そこには大抵『矛盾』があるも
 のだから、そのイメージを使って理屈を組
 み立てたり、他の誰かと共有したりするこ
 とは、難しいはずなんだけど……」
亮介「じゃあ、なんで俺たちは、それができ
 たんだ? 眠っていた36日間、俺たちは
 三人とも、声も音も出せず、手足も眼球も、
 全く動かせなかったんだよね?」
由香「それはね。たぶんだけど、三人には、
 必ずや真相を究明しようとする執念とか、
 仕事で培った直感力のようなものが、あら
 かじめ備わっていたからじゃないかな?」
亮介「執念や直感……?」
翔「ロジックよりも強い、拘りってことか」
正哉「愛とか友情とか?(と茶化す)」
由香「そう(と笑い)。今回の件では、そう
 いう三人のある種、人間的な能力が、病院
 で眠っている間に聞いた声のトーンや……」
  《昏睡中の三人。忍び寄る筑紫に、
  「筑紫先生? どうかなさいました?」
   と、看護師が声をかける》
由香(声)「気配などから、実際には見聞き
 していない情報をも感じ取っては、互いに
 共感し、共有し合い……」
  《由香が病室に入ってくると、ベッドで
   眠っている三人の瞼が微かに動き、繋
   がれた計器が小さく反応する》
由香「いくつものパターン、つまりは『仮説』
 を、組み立てていったのかもしれないわ」
  《ボード上、三人によって組み替えられ、
   組み立てられていく相関図(パターン)の数々》
翔「そうか……。俺たちが、昏睡状態の間に
 体験したいくつもの相関関係(パターン)、
 あれは全部、『仮説』だったんだな」
由香「そう。そして唯一、全ての辻褄が合い
 腑におちる『仮説』、つまりは真実だけが、
 覚醒した三人の脳に、共通の『結末』とし
 て刻まれたってわけ」
  《ボード上、ついに完成した相関図(パターン)》
翔「……なるほど」
亮介「……(頷く)」
由香「といっても、科学的な証明はできない
 から(スクリーンを指し)これも、一つの
 『仮説』にすぎないんだけどね(と笑う)」
正哉「つまり……、簡単に言うと、事件の解
 決は、俺たち三人の協力のおかげってこと
 だな」
由香「え?」
亮介「え?」
翔「簡単に言いすぎだ」
正哉「……ごめん」
   どっと笑いあう四人。

○同・K大学病院・エントランス(午後)
   退院する三人を見送りにきている由香。
亮介「さてと。せっかく三人揃って無事退院
 できたことだし、俺たちでもう一度、同窓
 会を企画しなおすっていうのはどうかな?」
翔「いいね」
正哉「よし! 早速今から作戦会議だ。俺が
 世界一うまいパンケーキを焼いてやるよ」
亮介「え……」
翔「パンケーキかよ……」
正哉「なんだよ。糖は脳にいいんだぞ」
   と言い合いながら、階段を駆け降りて
   いく亮介、翔、正哉の三人。
   由香はそこに、懐かしい日々を重ね、
   目を細める……(ホワイトアウト)。

○北高・昇降口(回想・17年前・夕)
   由香を追い越し、階段を駆け降りてい
   く18歳の亮介、翔、正哉の三人。
   亮介が一人振り向き、仰ぎ見ると、
   4階建ての古びた建物が、17年前の
   夕陽に、美しく照らし出されている。

亮介のM「思い出は、時とともに美化される
 ものだと、人はいうが……」
   (以下、前出の思い出回想シーンを、
    短くカットバックで)
     × × ×
   教室。同じ手相の両思い線を喜ぶ由香
   に、ドキリとして手を引っ込める翔。
亮介のM「あの懐かしい笑顔や……」
     × × ×
   騎馬戦。落馬しながらも、由香の笑顔
   に癒される亮介。
亮介のM「あの日の幸福感は……」
     × × ×
   学食の廊下で、焼きそばパンを放って、
   ニッと笑う正哉。
亮介のM「いったいどこまで……」
     × × ×
   桜咲く土手に寝転び、大笑いする三人。
亮介のM「本物なのだろうか……」
   その幸福に満ちた笑顔に、桜の花びら
   が儚く舞い散って(ホワイトアウト)。

○K病院・外観(朝)
  テロップ『49日目』
亮介のM「そして……」

○同・病室
亮介のM「もし、この世のすべてが『概念
 (イメージ)』で出来ているとすれば……」
   ナースたちがモニターや除細動器を片
   付け、淡々と運び出しているところへ、
   ゆっくりと入ってくる由香。
   空になった3台のベッドにはまだ、そ
   れぞれに、外されたばかりの点滴チュ
   ーブやコードが生々しく散乱していて。
由香「……(温もりを惜しむようにベッドに
 触れると、ふと寂しそうにうつむく)」

○山中の道路(事故現場・午後)
亮介のM「その可能性(パターン)は、無限に
 存在し……」
   事故の赤い傷跡が残るガードレールに、
   3つの花束を供え、手を合わせる由香。
   その腕には、アザも傷もなく、
   左手薬指には、二人揃いの結婚指輪。
亮介のM「俺たちが、最後にたどり着いた、
 あの『結末』さえも……」
筑紫「行こうか(と、それは、前出のイメー
 ジとは全く異なる、温和な笑顔で)」
   促され、白いセダンの助手席に乗り込
   む由香。
   見上げれば、崖の上には、通信施設の
   巨大なパラボナアンテナが白く聳え、
   由香は、その眩しさに目を細める。
亮介M「あるいは一つの『パターン』に
 過ぎないのかもしれない……」

○山の中の県道・俯瞰
   二人を乗せた白いセダンがいくつもの
   カーブをするすると曲がり、やがて小
   さなトンネルへと入っていく。
     × × ×
   と、車は、トンネルから出てきた瞬間、
   メタリックレッドのSUV車に変わり、
   さらにいくつものカーブを、するする
   と走り抜けていき……。

○その車の中
   乗っている亮介、翔、正哉の三人。
   賑やかに、思い出話に花を咲かせる、
   その幸福感に満ちた笑顔が、午後の陽
   射しに、白く、眩しく輝いて……。
     (ホワイトアウト)
                (完)


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