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汚れた手をそこで拭かない 読解②

merci。本を愛して三千里、瀧廉太郎です。
今回の読書記録も、芦沢央さん著「汚れた手をそこで拭かない」です。今日は二話目「埋め合わせ」の読解をしていきます。
(ネタバレ要素ありなので、未読の方は読むべからず。)


主な登場人物

千葉秀則(主人公)
とある小学校に勤務する若手男性教諭。つかみどころのない性格である同僚の五木田に対して苦手意識をもっている。
五木田
秀則と同い年の男性教諭。秀則と同じ小学校に勤務している。理科主任。既婚で競馬が趣味。


あらすじ

夏休みのある日、日直の秀則はプールの半分もの水を流出させてしまう。プール教室後の清掃作業中、その日の夜飲むことになっていた旧友からの電話に対応したことで、プールの排水バルブを閉め忘れてしまったのだ。翌日のプール教室までに間に合うか……プールを満水にするまでの時間を検索したが、以下の記事に目を奪われる。

<小学校プール水流失 ミスの教諭ら249万円弁済>

自治体と学校名のほかに、「23歳女性教諭がプールの給水口を閉め忘れ、水を大量に流出させた。校長、教頭、女性教諭の三人が弁済し、厳重注意となった。」との記載が。
正直に申し出るか……このまま黙って水を入れなおすか……
自分のミスは比較的小さくプールの半分。計算すると……約13万円。
悩んだ末に秀則は、「子どものいたずらで、水道から水が出しっぱなしになっていた」という偽造工作をすることに決める。
飲み会の話を他の先生たちにしていたこと、熱中症の症状もあることから、その日の夜に計画を実行するのは不自然。かといって飲み会に参加する気分でもなくなったため、早く寝て翌早朝に計画を実行することに。

+++++ 翌早朝 +++++

六時前に学校に到着。すでに警備システムは解除されていたが、人の気配はない。プールの水を入れ始め、子どもがいたずらでき、かつ人気の少ない水道を選んで計画を実行し始めたところ、目の前を通り過ぎる人影ー五木田の姿ーがあった。早朝出勤の理由は、「競馬で30万円負け(奥さんには5万円ほどと嘘をついている)、離婚騒動になっている。家を追い出されたので、鶏小屋の卵をいただきに来た」とのこと。秀則も「飲み会のあと帰宅するよりも保健室のベッドで休むほうが時間がとれると思い学校に来たが、どこからか水道の音がしたので見回りに行くと……水が出しっぱなしになっていた」と嘘をつく。しかし、話の矛盾を次から次に指摘され、ついには五木田に偽造工作を見抜かれる。正直にプールの水を半分、約13万円分ほど流出したこと、偽造工作をしようとしたことを自白。自嘲していると、

「なるほど、その手があったか」
「むしろ賢いでしょ。だって俺、こんなこと思いつかないもん。」
「よくこんなこと思いつくよなあ。たしかに、他の原因が先に見つかれば、本当の出所は探られずに済むもんなあ」

と感心した様子。さらに自分の担当の理科室を偽造工作に使っていいとまで言い出す。見つかったのがこの男でよかったー。そう思い心からのお礼を伝える。
さらに、そろそろ水が入れ終わる時間だが五木田の指摘で塩素を入れていないことに気付く。「そしたら、これから俺が入れてきてやるよ。千葉センセイはプールに近づかないほうがいいでしょ?」と言いプールへ向かう五木田の後ろ姿に、自然と頭を下げた。

+++++

八時近くになり、他の先生たちが出勤して間もなく、「大変です!今プールに行ってきたんですけど、排水バルブが開いたまま給水されていて」と日直の先生が叫びながら職員室に飛び込んでくる。自分に背を向けていた五木田がくるりと振り向き、目が合った瞬間、にやりと笑った。

『なるほど、その手があったか』

ふいに五木田の言葉が蘇る。


この物語の見どころ

見どころ①「五木田の反社会的性格」
この物語の最重要ポイントは「五木田が自らの競馬による損失を、秀則のプール水流出を利用してごまかそうとしたこと」である。

 競馬で30万円もの大金を失った(妻には5万円と偽った)
⇒秀則が13万円ほどの水を流出したことを知る
⇒なるほど、その手があったか
⇒新聞には学校名、年齢、性別のみ記載される
⇒水流出で30万円ほど損失が出せれば、最悪30万円の行方を妻に問われたとしても、水流出を利用して隠し通せる
⇒もっと大量の水を流出する必要がある

自らの離婚騒動を大きくしないため(自らの利益のため)に秀則のミスを利用すること、さして罪悪感を感じていないことから、五木田は「反社会性人格障害(B群)」に近い性格をもっていることが考えられる。

反社会性人格障害(B群)とは
「……とくに周囲の人への影響が大きいのがB群に属する反社会性人格障害や演技性人格障害です。反社会性人格障害は自分の利益のためには他人を傷つけ利用しても平気で、周囲の人間関係を壊してしまう。……」(サトウ、渡邊 2019、65)

プールの水流出が明るみになり秀則にどのような処分が下されるかは分からないが、その後の二人の関係は崩壊不可避。それでもなお、秀則の不祥事を利用しようとした五木田の性格は常軌を逸している。


見どころ②「秀則の嘘が暴かれるところ」
計算高い(悪知恵の働く)秀則だったが、五木田に次々と矛盾を指摘され、ついには嘘を暴かれてしまう。淡々と矛盾を指摘していく五木田と徐々に焦りを募らせていく秀則。そのやりとりは、うそをつき、それがバレるのではないかとひやひやした経験のある人であれば、臓器が締め付けられるような、二度と経験したくないあの感覚を呼び覚ましてくれること間違いなし。


物語を読んで

悪知恵を働かせて偽装工作を働いた秀則と、悪知恵を働かせて秀則を利用する五木田の話。読後、五木田にしてやられた秀則に対して同情の念をもちましたが、そもそも事の発端は比較的小さな失敗をごまかそうとした秀則の邪念です。自業自得。プールの水流出が明るみになってからどうなったかの記述はないので、単に水の流出を認めるか、偽造工作の発覚を覚悟に五木田を道連れにするか、秀則がどちらの選択をしたのかが気になります。計算高い秀則なので、損得勘定を踏まえれば単に水の流出を認めるほうが得策ですが、五木田を道連れにすべてを自白する道も読んでみたい(五木田は自身の悪行を否定するとは思いますが……)。とりあえず、期待値の低い賭け事に興じる相手と結婚するのはいけないということですね。肝に銘じました。

参考引用文献
サトウタツヤ、渡邊芳之、2019、
『心理学・入門 〔改訂版〕心理学はこんなに面白い』、有斐閣アルマ


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