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コバルト文庫『サンリオ男子』におけるサンリオ世界の深度

サンリオのキャラクターは老若男女だれもが見たことがあるほど有名だが、70年代生まれの私には殊に大きな存在だ。
サンリオグッズを取り扱う直営店「ギフトゲート」は1971年に一号店が誕生、店舗が広がる最中に幼少期を過ごしていた私にとってハレを手に入れる場所はいつだってギフトゲートだった。
サンリオは他の雑貨やおもちゃメーカーとはちょっと一線を画しているように思う。自社で生み出したキャラクターのみで商品を構成しており、そのキャラたちは性格・生い立ち・それを取り巻く仲間などかなり深掘って考えられている。それらは使い捨てはされず長きに渡って育まれていき、私たちの「愛着」という感情を刺激してきた。

永遠にこのメルヘンな世界が続いていくと思っていたサンリオから、思ってもいない方向から風を感じたのは2015年のことだった。
ツイッターで「サンリオ男子」という二次元男子高校生たちのプロジェクトを見たのである。

性格の違う5人の男子にはそれぞれ推しサンリオキャラがおり、その推しキャラグッズを撮りあって各々がツイッターに投稿するという、リアルでもありそうなテイで見せていくアカウントが開設されていた。
ただ、このアカウントの独自なところは5人でひとつのアカウントを回していたこと。アカウント上で5人が会話をしているのである。
時には「今日ギフトゲート行く?」みたいな提案に他メンバーが呼応するような投稿が続く。使い方がグループLINEなのだ。要するに、私たちに彼らのプライベートを覗き見する感覚を味わってもらおうというところだろう。
そもそもこのプロジェクトは、二次元のイケメンを通して若い層にサンリオキャラを愛してもらおうという意図があったそうだが、こちとら骨の髄までサンリオが染み付いている身。愛着を持ってきたキャラたちを愛している男子たちに共感と好感を覚えていた。

時が流れ昨年、花井愛子作品を探しに古本屋の少女小説コーナーに行った時にサンリオ男子のノベライズとの出会いがあった。「好きと嫌いのアシンメトリー」「勇気と奇跡のサンリオピューロランド」というウエッティで思わせぶりなサブタイトルのコバルト文庫が二冊。表紙には私の知らないキャラが前面に出ており「スピンオフ」の文字があったが、これは読むしかないだろうと迷わずレジへ向かった。
そのノベライズ、どうだったかというと…新感覚だった。この新感覚さを皆さんとも共有したく頑張って言語化したく思う。

サンリオ男子のプロフィール紹介

『サンリオ男子 好きと嫌いのアシンメトリー』の感想を述べる前に、主なサンリオ男子のプロフィールと推しキャラを説明しておくべきだろう。

長谷川 康太:高校二年。推しはポムポムプリン。物腰が柔らかい癒しキャラ。
水野 祐:高校二年。推しはマイメロディ。自分の好きをオープンにしている。ノリが良い。
吉野 俊介:高校二年。推しはハローキティ。推しというか崇拝している。サッカー部のエースでクールな性格。
源 誠一郎:高校三年・生徒会長。推しはシナモロール。誠実を絵に描いたような漢。
西宮 諒:高校一年。推しはリトルツインスターズ(キキララ)。中性的でかわいい見た目。人見知りのツン強め。そして、このスピンオフノベライズの主人公である。

皆それぞれにサンリオキャラの推しができたバックボーンがあり思い入れが大変強いため、その存在は“物語にスパイスを与えるモチーフ”以上の比重がある。ゆえに物語の運びが独特なのである。

モチーフの解像度の高さ

サンリオ男子唯一の一年・西宮諒が学年のスキー合宿に行くことになり、
サンリオ仲間から一人だけ離れることの疎外感と緊張からくる憂鬱さを引きずりながら、合宿に連れていくポーチを買いにギフトゲートへ皆で行くところから物語は始まる。
ここで各々が自分の推しグッズをアピールしながら話が進んでいく。読者のサンリオ体験の度合いが大きく左右するとは思うが、後白河安寿氏の文章の滑らかなで簡潔な上手さも相まって、モチーフの解像度がかなり高い。小説で詳細を描かれる特定のモチーフが「サンリオ商品」であることの特別さを痛感する。

ファスナーについた紫色の星形チャームをいじりながらレジへ並ぶ。

後白河安寿『サンリオ男子 好きと嫌いのアシンメトリー』

こういった仕草の鮮明な映像を脳内に流すことができる。モチーフへの解像度が高いため、仕草から機微を汲み取ることもできるのだ。

ヤンキー男子とバッドばつ丸

スキー合宿と平行に、諒には憂鬱なことがもうひとつあった。同じ一年の雨ケ谷昴の存在だ。
左目を隠すほどのロン毛でピアスをいくつも着けている威圧的なビジュアルな昴は、学校では一匹狼のごとく誰とも関わろうとしない。ひょんなことから諒と昴は密かに認知し合い、生理的に拒絶し合っていた。
そんな昴がバッドばつ丸が好きかもしれない、との憶測が出てサンリオ男子たちは色めき立つ。康太が昴の落としたばつ丸のペンを拾ったのだ。

「(略)でも俺、拾ったとき、つい指摘しちゃったんだ。『それサンリオのキャラでしょ』って。そしたら雨ケ谷、なんて言ったと思う?」
(略)
「『ハワイのペンギンだ』って」

後白河安寿『サンリオ男子 好きと嫌いのアシンメトリー』

かなりスカしている昴だが、ばつ丸がハワイ出身というコア情報を一発で出してくるところにサンリオ男子としての適正を感じる。話をずらすどころか「好きかな?」疑惑が「好きでしょ!」の確信に変わる決定的な9文字だ。穿った見方をすると「マウントか?」とも思えるワードチョイスである。
拒絶の対象である昴がサンリオ好きかもしれない。諒の悶々とした気持ちはさらに高まりつつスキー合宿へ突入する。

サンリオグッズの威力

アグレッシブなスポーツと泊まりが相まって人見知りがMAXに発動する諒。

スキーウェアの上着を脱ぎ、旅行カバンを開けた。すると、一番上にピンク色のキキララポーチが見えた。
ふ、と心がなごむ。
淡くてやさしい色合いと、キキとララのあたたかい笑顔。
ーこれは、お守り。

後白河安寿『サンリオ男子 好きと嫌いのアシンメトリー』

サンリオグッズが心の拠り所すぎる、それがサンリオ男子。小説は時として様々なモチーフが登場しその詳細が表現されるが、その存在はスパイス的要素が強い。サンリオ男子におけるモチーフは主役なのである。読者にとっても解像度が高いため、キキとララは私たちにももれなく微笑む。

開けたらばつ丸

事件は夕飯時に起こった。女子が誤って熱い茶を昴の胸元にかけてしまったのだ。
ぼう然とした昴に対し、騒然とした周りは火傷があってはならないとあれよあれよを昴の上着を脱がせていく。

「中、濡れてない!?」
女子生徒がわめくようにたずねる。その場にいたみんなの視線が雨ケ谷のTシャツへ集まった。
「よかったぁ。……あれ、そのキャラクター」
諒はぎょっとする。
雨ケ谷がジャージの中に着ていた黒のTシャツには、中央に「バッドばつ丸」が大きく描かれていたのだった。

後白河安寿『サンリオ男子 好きと嫌いのアシンメトリー』

コバルト文庫には文中にイラストが挿し込まれる。
この文章の左隣には、逆光の中シリアス顔で佇む昴。この昴が最高にイケメンなのだが、Tシャツに描かれた想像以上にでかいバッドばつ丸が場の雰囲気を壊すようにこちらを見ている。インパクトがすごい。周りの人間が二度見する感覚をまさにこの挿絵で体験することができる。

殺すも生かすもサンリオ

この物語がサンリオありきで成り立っている象徴的なシーンがある。
開けたらばつ丸事件ののち、諒と昴は衝突するのだ。
言い争いの中、諒が言ってはならない言葉を発する。

「アンタ、超カッコ悪い!ばつ丸とは似ても似つかない」
なぜあとからあとからドス黒い気持ちがこみ上げてくるんだろう。
コントロールできない。
こんなのははじめてだ。
「黙れ!」

後白河安寿『サンリオ男子 好きと嫌いのアシンメトリー』

この時のことを昴は「西宮は虫も殺さない顔をして、苛烈な言葉を吐いた」と回想している。昴は目の前が真っ赤になり、我を忘れて言葉のナイフを投げ返している。
諒もまた、自分が発した言葉により昴が瞳を赤々と染め憎らしげにこちらをにらみつけてきたそのまなざしが脳裏に焼き付いてた。
「ばつ丸と似ても似つかない」とは、それほどの刃な言葉なのだ。

サンリオ男子たちにおけるサンリオの存在の大きさからくる展開ではあるが、冒頭に記したように好きにはそれぞれのバックボーンがあり、昴にとってその言葉がどストライクの禁句であった。
そんなにばつ丸に自分を投影していたのか!?と心が薄汚れた中年としてはたじろぐ告白があるのだが、それもあるか…と飲み込めるそれがサンリオ男子、サンリオの世界なのだ。

聖地・サンリオピューロランドへ

ノベライズ「サンリオ男子」は内容は道徳要素もあるローティーン向けだと感じたが、サンリオへの親密度が高い人にも読んでほしい、他の小説にはない味わいが体験できる絶妙なバランスで成り立っている作品であった。
言語化するのが難しいが、サンリオの特有さが大きな軸になっていることは間違いなく、そこを前面に出しながら後白河氏の文章力と編集力で「小説」という形にうまくまとめられているため、独特な読後感があるのだろう。

この作品を読んで私の中にあるサンリオ心が刺激され、二作目の「勇気と奇跡のサンリオピューロランド」を読了後、まだ行ったことのない地・ピューロランドへの憧憬が増した。
そして私は、齢48にして初めてのサンリオピューロランドへ向かうのだった…。
<続く>


後編はこちら☟

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