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「種と土理論」からがんとファシアについて考える

 一連のコロナ騒動におけるPCRの問題点をいち早く指摘されていた大橋先生の「がん」の本が出版されたので読んでみました。かつての近藤誠『患者よ、がんと闘うな』を参考にしながらも、コロナ禍での様々な出来事を経過して考察された、新たな「がん」への視点が述べれています。
 内容に関しては読んで頂くとして、記述はとても分かり易い書き方になっています。が、実際に臨床の場もしくは、研究の場に縁のない方にとっては、なかなか実感が涌きにくいのではないか、とも感じます。
 エッセンスとしては「がん」という実在はないということに尽きるのですが、この辺りは哲学史におけるスコラ哲学の普遍論争の様相も帯びてきます。「がん」をめぐる唯名論と実在論の対立、といったところでしょうか。私としては、一般に近代以降のメジャー「唯名論」に依拠することが多いのですが、ここでの論争などはそう簡単にはいかないし、実際そうではないだろう、というのが本書の主張でもあります。
 しかし、数学や生物学などの分野では、実在論に依拠しなければ、理屈の通らないものが少なくないことも事実で、がんの問題に関しても同様です。あまり「がん」の問題に直面していない方にとっては、どうでもよい問題かもしれませんが、この分水嶺の示す意味はとてつもなく大きい。具体的には、抗がん剤による治療と、そのメカニズム解釈を受け入れるか、否かといった問題に帰着されるからです。(ちなみに唯名論と実在論の対立への解決策としては医学分野ではプラグマティックメディスンに依拠するべきだと考えます)
 社会・経済におけるポストモダンの蔓延の後に、経済分野において新自由主義へと流れていく様子と、医学における発展と混乱の後のEBMの勃興から、商業的な性格を強く持つものへと変貌する姿とが重なって見えざるをえません。そうした世相ともパラレルに展開してきたものと考えると、さらに理解しやすいのではないかとも思えます。
 本書における問題の提示は、こうした哲学的視点のみならず、がんの進展や転移の在り方における「種と土」理論などおおいに考えさせられました。
「種」としてのがん細胞研究であれば、その遺伝子変異や細胞内の代謝のあり方など、細胞そのものがフォーカスされるわけですが、そこに「土」も関係するというわけです。本書では幹細胞からの成長基盤である基底膜の状態が議論されていましたが、進化における細胞としての背景でもある線維芽細胞との関連で考えれば、まさに昨今の流行りでもあるがん関連線維芽細胞(CAF)についての議論にもなりうるわけです。さらに敷衍すれば、コラーゲンの状態、さらにはファシアの状態にまで話題を広げることも可能でしょう。
 がん細胞関連のファシアの役割としては、コラーゲンによるがん細胞の包囲(抑え込み)などが浮かびますが、これですら「がん細胞」仮説でのモデルと指摘されても仕方ありません。つまりそうしたモデルではなく、種としてのがん細胞に対して、土としてのコラーゲン、ファシアの状態の病態への関与が重要であるとみることも出来るわけです。これは、またファシア理論を大きく発展させるカギとなる概念になるでしょう。

 このほかにも「がん細胞説」と「がん幹細胞説」など、似て非なる理論展開の相違など興味深い話題が多く紹介されていますが、ここではここまで。肯定、反対、いずれにしても、ご興味ある方は一読お勧めいたします。


がんの真実
『患者よ、がんと闘うな』の真相を探る

大橋眞
共栄書房 2024-07-25

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