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基礎後半での遅れている学生への対応
言語の習得支援について語るとき、何にせよ、学校での教科教育で使われる言葉で語るのは、どうも適当ではなくて、重要な本質を見逃してしまう気がします。教材、予習、復習、宿題など、いずれも。
遅れている学生への対応と言うと、たいていの先生は「復習」と言います。「復習」と言うと、やはり「お勉強した内容をもう一度勉強する」という響きになります。そして、表現活動の日本語教育を実践しているプログラムの場合でも、「復習」というと、言語事項が「むくむくっと」蘇って、それをもう一度指導/学習するという感じになってしまいます。
また、「遅れている」ということをめぐっては、「まだひらがなが読めない/書けない」という部分が注目されるきらいがあります。その関心の寄せ方は間違っているし、その部分を採り上げて「復習」することまったく適当ではないと思います。基礎段階の教育の中心は、オーラル日本語の基礎力を形成することで、文字や書記日本語は二次的なもの、オーラル日本語ができてから、それを追随するもの、だと思います。
この記事では、基礎後半になって、遅れている学生を配慮した習得支援のコツや方法を2つ紹介します。「舞い戻っての習得養分補給」と「本文前のかみ砕きオーラル活動」です。
筆者はNEJを活用した表現活動の日本語教育を実践していますので、その脈絡で話します。
1.「舞い戻っての習得養分補給」
ユニット17のナラティブ3が配当された授業を例として。ナラティブ3は以下。
ユニット17: Gifts ─ プレゼント
3.西山先生
毎年、クリスマスには、子どもたちにいろいろな物をあげました。子どもたちが小さいときは、人形やおもちゃをあげました。上の子は、本を読むのが好きでした。ですから、4さいのときからは、よく絵本をあげました。下の子は、アニメが好きでした。ですから、よくアニメのDVDをあげました。小学校に入ってからは、セーターやマフラーや手ぶくろをあげました。誕生日には、ほしいものをあげました。
「プレゼント」とのテーマのこのユニット、そしてこのナラティブでは、文法事項としては授受の表現があります。授業の後半で、ナラティブ1やナラティブ2も復習して、ナラティブ3に入る予定ですが、その前の授業前半で、遅れている学生に「日本語習得のための養分」を補給するために以下のような活動をします。「目のつけどころ」は上のナラティブの太字部分です。
(1)「上の子は、本を読むのが好きでした。」に注目
遅れている学生はこうした表現がまだ十分に操れないと思います。この「〜のが好きです」「趣味は、〜することです」「〜のは、むずかしいです」などを勉強したのは、ユニット14です。ユニット14のナラティブ1と2を以下に示します。
ユニット14 My Recreation ─ わたしの楽しみ
1.リさん
わたしは、本を読むのが大好きです。子どものときは、いつもうちで本を読んでいました。弟は、本を読むのはあまり好きではありません。マンガを読むのは大好きです。弟の趣味は、マンガを読むことと、サッカーをすることです。
わたしは、音楽を聞くのも好きです。姉も、音楽を聞くのが大好きです。姉もわたしも、Jポップが好きです。子どものときは、日本のアニメを見るのが大好きでした。姉といっしょによくアニメ映画を見に行きました。うちで、アニメのDVDもよく見ました。テレビで、日本のドラマも見ました。
2.あきおさん
わたしの趣味は、山に登ることと、写真をとることです。父も母も、山登りが大好きです。父と母は、大学の山の会で会いました。そして、結婚しました。
子どものときは、家族でよく山に行きました。父は、写真をとるのが好きでした。山で、山や花の写真をとりました。父の写真は、とてもきれいでした。それで、わたしも、写真を始めました。父は、風景をとるのが好きです。わたしは、風景をとるのも、人をとるのも、好きです。もう10年写真をとっていますが、いい写真をとるのは、なかなかむずかしいです。
ナラティブ1も、ナラティブ2も以下のような要領で。
ステップ1
ナラティブのPPTムービー(教師間で共有されている)を、学生たちが反芻できるほどのポーズを置きながらプレイする。
ステップ2
以下のようなやり取り。
T:はーい、子どものリさん。子どものときのリさんです。
S:ふむふむ。
T:子どものとき、リさんは本を読みましたか。
S:はい、読みました。
T:そうですね。リさんは、本を読むのが好きでしたね。
S:はい、本を読むのが好きでした/大好きでした。
T:リさんの弟は、本を読みましたか。
S:いいえ、あまり読みませんでした。
T:そうですね。弟さんは、本を読むのはあまり好きではありませんでしたね。
S:はい、本を読むのはあまり好きでは…
T:あまり 好きでは ありません でした。はい、どうぞ
S:あまり 好きでは ありません でした。
T:マンガは?
S:マンガは…
T:マンガを読むのは…
S:マンガを読むのは、大好きでした。
<以降も、こんな調子で>
(2) 「誕生日には、ほしいものをあげました。」に注目
「(〜が)ほしい」については、ユニット15のナラティブ2で、「子どもは、2人くらいほしいです」で現れます。以下のように「習得養分補給」。
T:「誕生日には、ほしいものをあげました」。「ほしい」は何?
S1:子どもがほしいです。
S2:子どもは、2人くらいほしいです。
T:そうですね。ユニット15、23ページを見てください。23ページ。
下、下、下、「子どもは、2人くらいほしいです」。
T:あきおさんは、結婚したいですか。
S:はい、したいです。
T:そうですね。あきおさんは、結婚したいですね。
あきおさんは、子どもがほしいですか。
S:はい、ほしいです。2人くらいほしいです。
T:リさんは、結婚したいですか。21ページです。
S:はい、結婚したいです。結婚したいと思っています。
T:リさんは、マレーシア人ですね。
S:はい、マレーシア人です。
T:リさんは、マレーシア人と結婚したいですか。
S:いいえ、マレーシア人でも、日本人でも、中国人でも、いいです。
S3:いい人があらわれたら、結婚したいです。
T:そうですね。いい人が、あら われ たら、結婚したいですね。
S:いい人が、あら われ たら、結婚したいです。
T:リさんは、子どもがほしいですか?
S:…、わかりません。
T:そうですね。わかりませんね。
みなさんは、結婚したいですか。子どもがほしいですか。
SS: … …
T:はい、41ページを見てください。一番下。
「誕生日には、ほしいものをあげました。」
Let's suppose、みなさんの、お母さん、お父さん、おにいさん、
おねえさん、said、「誕生日には、ほしいもの、ほしいもの、
what you want、ほしいものをあげます! ほしいものをあげます!」
何がほしいですか。(←ジェスチャーも交えながら)
SS: … …
2.本文前のかみ砕き
ユニット19のナラティブ2を例として。ナラティブ2は以下。
ユニット19: Visits ─ 訪問
2.あきおさん
友だちの大川くんは、先週、カゼで学校を休みました。今日、わたしは、田中さんといっしょに大川くんのアパートに行きました。りんごとメロンを持っていきました。大川くんは、まだベッドで寝ていました。でも、わりと元気そうでした。
部屋もキッチンも、ちらかっていました。わたしは、部屋のそうじをしてあげました。洗濯物がたくさんあったので、洗濯もしてあげました。
田中さんは、キッチンをかたづけました。ゴミも、出してあげました。そして、大川くんに、スープを作ってあげました。大川くんは、おいしそうにスープを飲みました。大川くんは、「おいしい、おいしい」と言いながら、スープを飲みました。カゼは、もうなおりそうです。
やはり、本文に入る前に、本文前のかみ砕きとして以下のようなやり取りをします。やはり、PPTカミシバイを使います。PPTカミシバイとは、各発話毎にその内容を表現したPPTイラストです。
T:はーい、教科書、テキストは、61ページです。
はい、PPTを見てください。
(男の子がカゼらしくベッドで寝ているPPTスライド)
これは、だれ?
S1:大川くん
T:そう。大川くんですね。大川くんは、学生?
S:はい、学生です。
T:広島大学の学生?
S:大京大学の学生です。
T:そうですね。大京大学の学生ですね。
大川くんは、カゼです。(「ごほ、ごほ」とカゼのふり)
S:はい、カゼです。
T:カゼですね。そして、学校に行きませんでした。学校を休みました。
(「学校を休みました」、板書)
T:(あきおさんと、田中さんが大川くんのアパートに行くイラスト)
これは、だれ?
S:おきおさん。
T:これは?
S:あきおさんの彼女。
T:そうですね。あきおさんの彼女です。田中さんです。
そして、これは?
S:大川くんのアパート。
T:そうですね。大川くんのアパートですね。
あきおさんと、田中さんは、大川くんのアパートに行きました。
<以降も、こんな調子で>
3.むすび
遅れている学生のためのスケジュールに「復習」を入れると、進んでいる学生は退屈するでしょう。スケジュール的には前に進みながら、上のような習得養分補給やかみ砕きをすることで、何とか遅れている学生を、come backさせたいものです。