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雨上がりの面接 [ショートショート]

雨上がりの匂いが立ち込める駅前通りを歩く。私の革靴は濡れたアスファルトを踏み、軽い水しぶきを上げた。手には就職活動用のカバンが握られている。背筋を伸ばし、少しだけ胸を張る。久しぶりの面接に向けて、これくらいの緊張感は悪くないと思った。

駅から数分の距離に、その会社のビルはそびえていた。新興企業とは思えないほどの高層ビルだ。ガラス張りの外観が空の晴れ間を反射し、目を細めるほどに輝いている。その入り口の前で一度立ち止まり、空を見上げた。雲はすっかり流れ、青空が広がっている。

受付で名前を告げ、待合室に案内された。室内は驚くほど静かで、革張りの椅子がきちんと並んでいる。壁には抽象画が飾られ、柔らかな間接照明が絵を淡く照らしている。他の候補者らしき人々が数名、同じように緊張した顔をして座っていた。

時間になると、スーツ姿の男性が私を迎えに来た。「こちらへどうぞ」と短く言い、私を広い会議室へ案内する。そこには一人の女性が座っていた。彼女は50代くらいだろうか。落ち着いたスーツを着ており、背後には高層ビル群を背景に大きな窓が広がっていた。

「はじめまして、木村です」彼女が静かに口を開いた。私は慌てて頭を下げ、自己紹介をした。続けて、用意していた話を進めようとする。しかし、彼女はそれを遮るように微笑み、こう言った。

「あなたがどんな人間か、今日はそれだけを知りたいの」

想定外の言葉に少し戸惑った。だが、彼女の視線は穏やかで、威圧感はない。少しずつ私は自分の言葉で話し始めた。なぜこの会社を志望したのか、どんな経験をしてきたのか。彼女は頷きながら、時折質問を挟んだ。

最後に、彼女はふと笑みを深めた。「雨が止んだばかりの空は、希望の色をしているわね」

その言葉の意図はわからなかった。ただ、会話の最後にふさわしい静かな余韻が残った。部屋を出る頃には、心の中に妙な充実感が広がっていた。

ビルを後にして空を仰ぐ。さっきまでの曇り空が嘘のように晴れ渡り、夕日が都会のビル群を黄金色に染めている。帰り道、ふと携帯に着信が入った。通知を見ると、件名には「内定」の二文字が踊っていた。

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