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深海の星 [ショートショート]

私は海洋博物館の展示室にいた。目の前には「深海の星」と名付けられた宝石がある。それはある歌手が身につけた舞台衣装の胸元に輝いていたものだという。私はその輝きに引き寄せられ、その人物の名前を確かめようと展示プレートに目をやった。

「川崎美波――今も伝説として語り継がれる」と記されている。実際、彼女が深海をテーマにした楽曲で一世を風靡したことは知っていた。ただ、私はその時代を知らない。彼女が宝石と共に何を表現しようとしたのか、その意図がどれほど人々を動かしたのか想像するだけだ。

ふと、横の壁にあるモニターに目を移した。そこで流れていたのは彼女のライブ映像だった。背景には深い青のスクリーンが広がり、スポットライトがまるで深海の光のように宝石を照らしている。彼女が歌うたびに、その光が波紋のように揺れるのを見て、胸がわずかに高鳴った。

「この宝石を作った職人も、きっと彼女のために命を注いだのだろう」と考える。実際、宝石そのものも特別なもので、深海で採取された希少な鉱石から削り出されたと展示プレートにはあった。そう聞くと、彼女の手に渡った経緯にもロマンがあるのだろうと思わざるを得ない。

帰り際、私はミュージアムショップで彼女の記念冊子を購入した。少しでもその時代に触れてみたいという気持ちだった。深海のように手が届かない世界、それでも確かにそこに存在した輝きを胸に刻みたかった。

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