酉の市の灯り [ショートショート]
冷たい風が通りを抜ける。私は革の手袋をはめ直し、近所の神社に向かった。今日は酉の市だ。薄暗い夕方の空に提灯が灯り始め、賑やかな音が街を満たしていく。
神社の鳥居をくぐると、屋台の煙が鼻をついた。たこ焼きや焼きそばの匂いが混じり合い、どこからか太鼓の音も聞こえる。境内は既に多くの人で埋め尽くされていた。私はその中を歩きながら、熊手の並ぶ棚を目指した。
店先に並ぶ熊手はどれもきらびやかだった。竹の骨組みに縁起物が詰め込まれ、商売繁盛や家内安全の札が揺れている。大きな熊手を抱えた男性が隣で値段を交渉しているのを横目に、私は手頃なサイズのものを探した。
「これ、いいかも」
手に取った熊手は、小ぶりながらも飾りが丁寧に付けられていた。赤い鯛と金色の小判、そして丸い福の文字が目を引く。手にした感触が心地よく、私は自然と微笑んだ。
買い物を済ませると、私は境内の隅でしばらく立ち止まった。祭囃子が一層大きく響く中、熊手を抱えて歩く人々の姿を見ていた。彼らはきっと、来年の希望を熊手に託しているのだろう。私も、これを部屋に飾ることで、少しでも良い年を迎えられるようにと願った。
境内を後にすると、冷たい風がまた顔を撫でた。熊手を大切に抱えながら、私は暗い通りを家へと急いだ。祭りの灯りは、背後で小さく揺れていた。