二重に見える世界 [ショートショート]
商店街の入り口に立ったとき、私は視界の異変に気づいた。いつもなら、古びた八百屋や金物店が連なる風景がひとつの絵として見えるはずだ。だが今日は違った。店の看板が二重に揺れ、歩く人々の輪郭がぼやけている。
「目が疲れているのかもしれない」と呟きながら、私は一番手前の八百屋に足を踏み入れた。小さな店内は野菜の匂いで満たされている。奥から店主が顔を出したが、その姿もまた二重に見える。驚きとともに目を擦ったが、効果はない。
「大丈夫ですか?」
店主が心配そうに声をかけてきたが、私は曖昧に笑ってその場を去った。
次の店、金物店に入ると、状況はさらに奇妙だった。商品がすべて二重に重なり合って見える。包丁が二本、やかんが二つ。置かれているものすべてが揺らいでいた。視界の中で物体が次々と重なり、現実感が薄れていく。私は頭を抱え込んだ。
「悩んでいる暇はない」
そう自分に言い聞かせ、冷静さを取り戻そうとしたが、足元まで歪んで見える。まるで自分自身が夢の中にいるような感覚だ。
商店街の中心に差し掛かった頃、目の前に小さな神社が現れた。普段は気にも留めない小さな祠だが、今日はその姿もまた二重に揺らいでいる。私は祠の前に立ち、無意識のうちに手を合わせた。
目を閉じると、頭の中に奇妙な声が響いた。
「二重の世界を見た者よ、選択せよ」
その言葉の意味は理解できなかったが、目を開けると、世界は元に戻っていた。商店街の人々が普通に行き交い、看板も物も歪んでいない。ただ一つだけ、祠の前に置かれた小さな鏡が妙に気になった。
私は鏡を手に取り、覗き込んだ。そこには私自身の顔が映っていたが、もう一人の私が鏡の向こう側からこちらをじっと見ていた。