ビールの山 [ショートショート]
玄関のドアを開けると、整然と並ぶ缶ビールの箱が目に飛び込んできた。注文した覚えはないが、確かに自分の名前が書かれている。送り主は父だった。電話をかけて確認すると、週末に訪ねてくるという。
「これで少しは家計も助かるだろうと思ってな」
父の声はいつも通り飄々としている。だが、箱の数は尋常ではない。合計十箱。これを飲み切るには、どれほどの時間が必要なのか想像もつかない。
冷蔵庫を開けると、すでにストックしていたビールが並んでいた。自分の手で選んだものはどれも少量。飲みたい時に飲みたい分だけ。それが私のやり方だった。それが今、一変しようとしている。
その夜、友人に電話をかけた。「うちにビールがありすぎて困ってるんだけど、来ない?」そう誘うと、すぐに数人が興味を示した。「ついでに料理でも持ち寄ろう」とまで話が膨らむ。
土曜の夜、テーブルに並ぶ缶ビールの山。その周囲を囲むようにして、友人たちが笑い声を上げていた。私はビールを片手に、無意識に父の言葉を思い出していた。
「まとめ買いなんて、あんまり好きじゃないんだけどね」
そう呟いてみると、隣の友人が笑いながら言った。「こうやって使えるなら、悪くないんじゃない?」
父が見越していたのかどうかはわからない。ただ、この夜が心地よいのは確かだった。冷えたビールの味は、少し特別に感じられた。