さざえの遠心 [ショートショート]
海岸線を歩く私の足元には、小さなさざえが波に押されて転がっている。朝から続く曇り空は、一日中重たい灰色の幕を張ったままで、どこか時間の感覚さえ鈍らせるようだ。太陽は影を落とさず、潮風は湿り気を帯びている。波が寄せては返す音が、かすかに耳に残る。
しゃがんでそのさざえを拾い上げる。掌に乗せると、ずっしりとした重みがある。渦を巻いた形が精密で、何か秘密めいた力を感じさせた。くるりとしたこの形状は、遠心力を考えさせる。自然界において、何も無駄はない。私は何度かその場でさざえを手の中で回してみる。指先で触れるその表面は、硬く、荒々しい。
ふと周りを見ると、誰もいない静かな浜辺が広がっている。曇りの日には、人も少ないし、海も穏やかだ。空は一様に白みがかっていて、どこまでも続くように見えるが、その中に動きはない。時間が止まっているような感覚に、思わず息を深く吸い込んだ。遠心力は、物が回転することによって生まれる力。では、人間の心も、何かに回されることで同じような力を受けるのだろうか。
波が再び寄せてきた。手の中のさざえを見つめていると、その渦巻きの中心に引き込まれるような錯覚を覚える。この小さな貝殻の形状が、どこか私自身の感覚と共鳴しているようだった。曇り空の下、私はこの瞬間だけが現実なのか、まるで夢の中にいるのか、曖昧になる。
私はゆっくりと立ち上がり、海を見渡す。曇りの日の静けさが、私の体にしみ込んでいく。さざえをもう一度手の中で回してみた。ぐるぐると渦巻きが描かれるように、自然の力が形となったその存在感は、確かにここにある。遠心力によって外に向かって引き裂かれる感覚はないが、それでも何か大きな流れに引き込まれていくような気がした。
空を見上げると、相変わらずの曇り空。さざえを手から放すと、ゆっくりと砂浜に転がり、波が寄せてそれをさらっていく。