目玉焼きの濃度 [ショートショート]
目玉焼きを作るとき、私はいつも先に油を敷く。フライパンの表面に広がる油の濃度が、焼き上がりを左右する気がするのだ。あまり多いとべたつくし、少ないと焦げ付きやすい。ちょうど良い塩梅を探るのが、毎朝の小さな課題だった。
「今日も目玉焼き?」と夫が話しかける。特に深い意味のない質問だろうが、私は少し眉をひそめてしまった。目玉焼きが飽きたという先入観を抱いているのではないか、と感じたからだ。
白身がじんわり固まっていく様子を眺めながら、頭の中で計算する。塩を振るタイミング、黄身の中心がトロッと残る程度の火加減。それでも焦がしてしまう日もあるし、固く焼きすぎる日もある。料理なんて、正解がない。
「先に醤油を垂らして焼いてみたら?」と夫がぽつりと言う。いつもと違う焼き方を試してみよう、という提案だろうが、私は何も返事をしなかった。醤油を直接垂らすと、味の濃度が強くなりすぎる気がするのだ。
皿にのせた目玉焼きをテーブルに運ぶ。夫は一口食べると、ふっと笑って言った。「今日の白身、ちょうどいいな。」私は箸を止めて、自分の焼いたものをじっくり見つめる。確かに、いつもより焼き色がきれいだ。
目玉焼き一つでも、こんなに気を配っている自分がいることに気づく。料理は感覚と先入観の塊だ。たった一枚の卵に、毎朝どれだけ心を砕いているのだろう。冷静に考えると、少し可笑しい。
「明日は何か変えてみる?」夫の言葉に、私は少しだけ笑った。いいかもしれない、と返す余裕が、今日はある気がした。