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次の巻 [ショートショート]

階段の踊り場に腰を下ろすのは、いつからか習慣になっていた。仕事帰り、アパートの自室に戻る前に、必ずここで少しだけ座る。

息を整えながら、ふと目を落とす。

灰色の階段の片隅に、誰かが置いた古い漫画本。何巻か欠けているが、登場人物たちは笑顔だったり、怒っていたりと忙しい。表紙は日焼けして黄ばんでいるが、中身は案外綺麗だ。

いつしか、踊り場に座るときの楽しみになっていた。誰が置いているのかはわからないが、一冊ずつ増えていく漫画の存在が、私の日常に静かな変化をもたらしていた。

次の巻が気になる。

ある日、漫画が置かれていなかった。代わりに、白い封筒が一冊分の隙間に挟まれている。迷ったが、開けてみると簡潔なメモとともに、新しい巻を次の場所に移したと書かれていた。

「次は屋上のベンチへ。」

踊り場を離れることに戸惑いながらも、階段を上がった。屋上に着くと、そこには確かに続きの巻があった。そして、一冊分開けた隙間とまた同じ白い封筒。そこにはこう書かれていた。

「次は公園のベンチで待っている。」

なんとなく、指示に従いたくなる。公園へ向かうと、また次の巻と新しいメモがあった。

「次はどこ?」

漫画の続きとともに、歩き回る日々が始まった。知らない場所で読む漫画は、踊り場よりも鮮やかに感じた。風の音、子供の笑い声、店の喧騒が背景に溶け込んでいく。

結局、最後の巻がどこにあるのか、未だに知らない。しかし、続きが読めないのは不満ではない。

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