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Photo by
nakameguromt
初めての肌色 [ショートショート]
朝の光が、カーテン越しに白い光を落としていた。私はベッドから手を伸ばし、サイドテーブルの上に置いたそれを手に取った。義手は、今朝初めて装着する新しいモデルだ。従来の金属的なデザインではなく、人の肌色を模したシリコン製の覆いがついている。メーカーは「カモフラージュ機能」と呼んでいた。
装着は思ったよりも簡単だった。シリコンの部分は滑らかで、指先に微妙な動きを伝える感覚もある。だが、鏡に映った自分の姿を見て、思わず目をそらした。右腕は自然な色をしているはずだったが、どこか不自然だった。それは私の肌ではなかった。
「今日はこれで行こう。」小さくつぶやいて、私は決心した。出かける準備を進めながら、外に出た自分を想像した。きっと誰も気づかない。これが普通の腕に見えることは明らかだった。だが、「見える」という事実が胸の奥に妙な重みを残していた。
駅へ向かう道すがら、すれ違う人々は誰も私の腕に注目しなかった。顔を上げ、すれ違う視線に出会うたび、心の中で小さな確認作業を繰り返す。「気づかれていない。大丈夫。」
カフェに着き、注文したコーヒーを受け取ると、店員が自然に笑顔を返してくれた。その瞬間、胸の中にわずかな違和感が芽生えた。何かが隠れている感覚。それは義手そのものではなく、自分自身がカモフラージュしているような気分だった。
カフェの窓際に座り、冷えた飲み物を両手で包む。左手の感触と右手の感触に差があることを、自分だけが知っていた。けれど、それはただの事実でしかなかった。
初めての日は、こうして静かに過ぎた。それでも、まだ私はこの腕を「自分のもの」とは思えなかった。ただ、初めの一歩としては悪くない、と言い聞かせながら、家へと歩き出した。