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試験の午後 [ショートショート]
午前の試験を終え、彼女は駅近くの食堂に入った。朝から張り詰めていた緊張が少しだけ和らぎ、昼食を取る余裕が出てきた。資格試験は2日間に渡るもので、今日はまだ初日。午後の試験も控えているが、今はしばしの休息といったところだ。
席に着き、注文を済ませると、彼女は自分の荷物を足元に寄せ、箸の袋を開けた。まだ試験が半分しか終わっていないことを思うと、不安が胸の奥から湧き上がる。何度も勉強を重ね、暗記もし尽くしたが、問題がすべて完璧に解けたわけではなかった。「もう少し慎重に答えを書き直すべきだったかもしれない」と、つい反省が頭をよぎる。
「から揚げ定食、お待たせしました」と店員が盆を置く。湯気を立てるみそ汁の香りがふわりと鼻をくすぐり、少しだけ彼女の心が軽くなった。箸を手に取り、から揚げをひとつつまんで口に運ぶ。衣のサクサクとした歯応えに安心感が広がったが、それも一瞬だ。どこか心がここにないような、浮遊感に囚われたまま、食事を続けた。
昼食を終えると、彼女はカバンから小さな資格の参考書を取り出し、ページをめくり始めた。頭では分かっている。今さら読み返したところで、何かが急に頭に入るわけではない。しかし、参考書に目を通していると、その行為自体が不安を少し和らげるのだ。知らず知らずのうちに、彼女はページをめくる指を何度も擦り合わせ、箸を握ったときと同じように力が入っているのを感じた。
やがて時計の針が進み、試験会場へ向かう時間が近づいてきた。彼女は深呼吸し、荷物を整え、店を出た。駅のホームで電車を待ちながら、もう一度バッグの中を確認し、試験に必要なものを全て揃っていることを確かめる。ふと、ポケットの中に何か硬いものを感じた。取り出してみると、それは食堂の箸袋だった。ついさっき使った箸袋を、無意識に持ってきてしまっていたようだ。
「大丈夫」と、彼女は自分に言い聞かせた。その箸袋が、これからの試験に立ち向かうお守りになった気がして、そっとポケットにしまい直す。
彼女は試験会場へと向かった。