
Photo by
inagakijunya
アンダーパスの雨 [ショートショート]
アンダーパスを通るたび、あの光景を思い出す。薄暗いトンネルの奥に広がる濁った水の海。車はその縁で動かず、運転席に座ったままの男性が見えた。
あの日は朝から大雨だった。私は通勤途中、駅前の通りで足止めをくらった。道路は川のようになり、アンダーパスの入口には警察官が立って通行止めを知らせていた。けれど、数台の車はその警告を無視して進んでいった。
昼休みのニュースでその映像を見た。冠水したアンダーパスの様子を捉えたヘリコプターの映像には、立ち往生する車が並び、そのうちの一台のドライバーが脱出できずにいると報じられていた。水がどんどんと増していく様子は、画面越しでも息苦しさを感じさせた。
夕方、ようやく雨が上がり、帰り道にアンダーパスを訪れた。水は引き、警察車両と数人の作業員が後処理をしているところだった。私は何か引き寄せられるようにして現場に近づいた。濡れたアスファルトの匂いが鼻をつき、そこには大きな静寂が漂っていた。
「亡くなられた方がいたらしい」
通りがかった近所の人が話しているのが聞こえた。
その日は特別な日ではなかった。ただの雨の日。ただの洪水。ただの人災。だけど、それ以来、アンダーパスの濡れた路面を見るたびに足が止まる。車のライトに反射する光がまるであの日の水面のように見え、私は思わず目を閉じる。
あの男性は、どうして警告を無視したのだろう。雨に霞む運転席の中、彼はどんな表情をしていたのだろう。想像しても答えは出ない。ただ、彼の最後の時間が私の記憶に永遠に刻まれている。
また一滴、雨が落ちる音がした。