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回転ドリブル [ショートショート]

体育館の空気は冷たく、床は滑りやすかった。彼女はバスケットボールを手に取り、無造作にドリブルを始める。リズミカルな音が響き、空間に規則性を与えた。ボールは床と手の間で跳ね、徐々に彼女の手元を離れていく。

「回してみたらどう?」
先輩の声が背後から聞こえる。彼女は一瞬手を止め、振り返った。回す?その言葉の意味が一瞬わからなかったが、先輩が手でボールをひねる動作を見せるのを見て、ようやく合点がいく。

「やってみます。」
彼女はボールを両手でつかみ、軽く回転を加えながら床に落とした。しかし、期待したようにはいかず、ボールは予想外の方向に転がった。先輩が笑いながら、もう一度同じ動作を示した。

「もっと強く。で、少し斜めに。」
言われた通りに再挑戦する。今度はボールが少しだけ回転を保ちながら戻ってきた。楽しくなって、何度も繰り返す。ドリブルがただの上げ下げではなく、ひとつの技に変わる瞬間を感じた。

「知りませんでした、こんなことできるなんて。」
彼女は息を切らせながらつぶやいた。先輩は頷きながら、さらに複雑な動作を見せる。

「知らないことはまだたくさんある。楽しんだほうがいいよ。」
その言葉に、彼女はまたボールを床に叩きつけた。回転の角度を試し、力加減を変えるたびに、ボールは新しい動きを見せた。

それは単なる練習の時間のはずだった。しかし、無知であることは悪いことではないと、彼女は少しだけ思い始めていた。何も知らないからこそ、学べる喜びがある。回転するドリブルの先に、まだ見たことのない技術が待っている気がした。

体育館の時間が終わる頃、彼女の手には確かな感覚が残っていた。ボールが回転するその動きは、まるで新しい世界の扉を開く鍵のようだった。

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